今度は接近警報。やや耳障りな警戒音がコクピットに鳴り響く。
『おう、ようやく来たみたいだな。じゃあ俺はまた後で通信させて頂くよ』
「はいはい。期待しないで待ってるわ。じゃあねジルバ」
やや乱暴に操作して警報解除。カンパニーコールを示す点滅が消えると、代わりに常に解放してある双方向無線回線から不自然なほどに整った発音のアナウンスがクリアに聞こえてくる。…これもいつものことなのか。マズルカはめんどくさそうにちらりと視線を動かすだけ。
『タイニィビート号。お待たせしました。これから船内の外行検査を行います…』
冒頭でちょろっといじくってたが、結局沈黙してしまった右下のサブモニタ。そこへ表示されたのは女性の顔のような像。しかし回線とはリンクしていないらしく、アイコンのようにデフォルメされたお嬢様の絵が張り付いているだけだ。
『この検査はタマルハス自治政府から認定済のウィルド社が行うものです。認定コードは2865-8664190-64918625-Wdです。拒否の場合は即座にどうぞ、結果の不服申し立てに関しては後ほどご説明いたしま…』
「久しぶり。ベルファ」
アイコンのような絵には見覚えがあったようだ。よ、と右手を挙げて見せる。…相手に見えているわけはないのだが、ノリ、というやつである。
こういう公的な通信では、音声回線は双方向でも画像や映像まで双方向で送受信することはまずない。何せ各宇宙機のスペックが全て同じというわけではないので、最新の激重の動画を再生しきれない古い機体のためにも特定の軽い画像だけを表示させるようになっているからである。
『…マズルカ船長？』
しかし相手は声に聞き覚えがあったようだ。
「今エアロック開けたげる。ったく、待ちくたびれたちゃったわよお…」
コンソールを無造作に操作してエアロックを開ける。本来なら気圧の整合だとか大気の成分を十分に混ぜ合わせたりとか『慣らし』の必要な作業だが、今回に限ってはそんな必要はない。ガコンガコン、と機体に響く重い音が二度響いてしばらく経つと、コクピットに続く自動ドアがすらりと開く。
「おはようございます」
「よ。ホント久しぶりよね」
『なんだ、今回の検査官は君だったのか』
やはり泳ぐように姿を見せたのは外見上は十代後半から二十代前半の女性…もっと幼く少女にも見える。左右に束ねた手入れの行き届いた金髪も愛らしい。肌も抜けるように白く、澄んだ碧眼は宝石のように輝く。月並みなセリフだが、お人形のようだ、とはこういう場合に使う言葉である。着ているものまでメイドだかドレスだか、というお上品なものである。
「船名が変わっていたので、気づきませんでしたわ。お久しぶりです…マズルカ船長、ポルカ様」
「…船名で判断してたのかよ」
「いえ、そういうわけでは…」
少女のような恥じらいと戸惑いの表情すら作って見せつつ、配線やら機器やらでごった返している床にスカートのすそつまみながらふわりと着地する。
しかし。見た目はどこからどう見ても普通？のお嬢様だが、このベルファという娘は正確には人間ではない。人工培養された生体部位を多く使っている上に組み込まれている頭脳から各組織まで全て人工的に合成されている。骨格は非常に安定した金属を使っているし、筋肉などの繊維系は専用に栽培された植物の繊維を、伝達系や内部組織は根幹細胞から培養された神経束や各種細胞を加工して使っている。定時のメンテナンスを怠らなければ半永久的にこの姿を維持できる。
そしてこういう生命体は「ミメット」と呼ばれている。本来の呼び名は「ミメティック・フォーマ」で「擬態生命体」と一部では呼ばれていたこともある。人間に擬態しているように見えるからだ。なお、この名が定着したのはここ数百年…いや、三百年ほど前からだろうか。いわゆる「人工生命体」を生産していた会社が新製品を大々的に打ち出した時に付けた商品名だったのである。今はその会社はライバル社に吸収されてしまって跡形もないが、商品名はやがて代名詞となり、一般的に定着して現在に至っている。
…ということはその昔は別の呼び名があった、ということになる。
「まあ、いいわ。とにかくちゃっちゃと済ましてくんないかなあ…待ちくたびれちゃってさー…眠いったらありゃしない」
『…こいつが寝たりするものか。さっきまで余計な惑星表面調査までしようとしていたのだ。言葉にだまされてはいかんな』
「余計な…て何よ。ヒマなんだから仕方ないじゃん」
『調査だってタダではないのだ。お前、軌道上からとれるデータだけでは満足できなくなっていただろう？ まさかとは思うがプロープでも飛ばしてみようか…とか考えていたのではないだろうな？ そんなことしたらどういうことになるか、分かっているのか？』
「あ。バレてた？ いやーヒマでさー…」
『ヒマヒマ言うな。言い訳にもならん』
「はいはい。分かりました。ポルカ様もそれくらいで勘弁してあげてくださいな。…変わりませんね、お二方とも」
「二人てのはなー…どうせこいつコレだし」
左手首にはめられた新緑色の腕輪。それを示して呆れた顔をして見せる。引きつったような、曖昧な笑みを返すベルファ。
「ポルカもさ、もうちっと融通きいたらいいのに。固いよねえ」
