惑星上にいるジルバからの連絡もない。気心の知れた仲でもあるし、彼も何かと忙しい身だから何かない限り連絡してくることはない。逆にこちらからも連絡はしない。何かあればもちろん連絡を取り合うことになるのだが…うんともすんと言わないカンパニーコール。
「さー…あとは待つだけね」
細かい入力の必要な離陸はこうやって人力だが、後は機載コンピュータに任せてしまう。下手にいじくって軌道救助隊（とんでもないほど高額）の世話になるくらいなら、例え高価でも信頼のできるコンピュータを手に入れて任せてしまった方が、結局は安上がりではある。
タイニィビート号のコンピュータには他にはない特徴がある。操縦士席側のコンソールの一部に浅い筒のような入力機器があるのだ。もちろんコンソールにはキーボードもある。こちらから入力することもできるのだが…。
「あんたはこっちがいい？」
『そうだな』
マズルカがポルカを外してその筒にぴったりとはめてやる。…この状態だと口頭でも指示を出すことができる。ポルカの意思を持つコンピュータとすることができるのだ。接続と言ってもポルカの「魂」に直接繋いでいるわけではない。ポルカの「意思」で腕輪内にある機器を操作してコンピュータへの入力を行なっている…と思ってもらえばいい。
『ふう…』
軌道上というのはなんだかんだと結構うるさいものだが（音がしているわけではない。様々な通信が混じり合っている）、ここまで来てしまうと穏やかなものである。惑星から軌道上のみを行き来するシャトルはいくつもあるのだが、衛星間を移動できる宇宙機というのは、実はそれほど大量にあるわけではない。帯に短したすきに長し、というやつで軌道上のみで使う姿勢制御用のスラスターだけでは一般的には辿り着ける距離ではなし。逆に外宇宙航行用の超強力かつ巨大なエンジンでは第一どころか第二衛星まででも、まるでジェット旅客機で近所に買い物に行くような大いなるムダ使いになってしまう。
そこへいくとタイニィビート号が積んでいるエンジンは最近になって急激に開発が進んだものでもある。姿勢制御用には強力すぎるし、星系外へ向かうには弱すぎる。が、惑星−衛星間程度の航行には最も適した大きさ・能力を持っている。難点を言えば値が張ることくらいだが…もうしばらくして生産量の大幅なアップが見込めるようになれば値も適正な程度に落ち着くのではないだろうか。世の中が必要としているモノならば当初はいくら高価でも、そのうち値が安定してくるのは何もこういうエンジンだけに限った話ではないのだから。
そんなわけで今は少しずつその数を増やしていっているような状況でもあるのだ。
そうは言ってもゼロではないからいくらかの宇宙機がそばを通っているのかも知れない。しかし…そんなものまで見えるわけもなく。船内はどこかのんびりとした空気が漂ってくるようになる。離陸の時とはえらい違いでもある。向こうへ着くまでは積荷チェックとか定期的な機体検査以外はこれと言ってすることもないし…休暇みたいなものになってしまう。
「あふ…」
と、マズルカが何度目かのあくびを噛み殺したその時。警報にしてはやや軽く、電子音にしては軽快すぎるメロディが鳴り響く。
「あ。来た来た」
コンソールには後付けで設置された機器もいくつか存在している。購入時には必要なくても後で必要になる機材だってある。そういうのを設置するためのスペースだってあらかじめ用意されている。
『…よく飽きないものだな』
「へへん。こういうのがないとねー…ヒマなんだし」
慣れた手つきでスイッチを入れる。カンパニーコールとも常に解放してある双方向通信機とも違う回線のようである。
「やっほー、お元気？ 今日はバーニー？ それともケリーかしらん？」
目の前の共用メインモニタでは一部の機体チェックを実行中だし、四面あるサブモニタのうちの一面もエンジンの状況を実況中である。空いているサブモニタの一面…向かって左下にある画面。マズルカの座っている機長席よりも、常に空いている操縦士席に近い方だ。そこにメガネをかけたやや太った男性と色白で耳辺りで髪を切り揃えた女性の画像が表示される。
『残念。ルークだ。でも相棒は今回はケリーだから…半分は正解かな？』
『もしもし？ 動画で送っても大丈夫かしら？』
「おっけいよん」
左下のサブモニタの画像が、一旦消える。今度はそこへモニタよりやや小さいフレームが表示されて…何度か砂の嵐が吹いてから男女の姿が映し出される。やはり時折ノイズが乗ってしまうが、それでも顔かたちやしぐさがきちんと分かるくらいは鮮明に映し出されている。と、そこにはなぜか目をひんむいて背筋をぴん、と伸ばした男性の姿が。
『…こちら宇宙軍のルーク・シュナイダー、繰り返す、こちら宇宙軍のルーク・シュナイダー。階級は曹長である。貴船の目的と積荷を知らせよ。知らせない場合は砲撃も覚悟されたし』
「…うわ。なんかもお…ベッタベタだわね」
『もう…ちょっと言ってやってよマジー。ルークったらこないだからこんなのばっかやってんのよ。おかげでカルスの連中にはバカにされるし、やんなっちゃうわ』
ちなみに「マジー」とはマズルカの愛称である。もっとも使うのはこのケリーくらいらしいが。「カルス」というのはやはり彼女達と同じように惑星衛星間で運搬業務をしている会社の名前である。
