『…うけると思ったのになあ…こっちもダメか。おい、ケリー・タニア・ジャクソン上等兵、貴官には守秘義務というものがあるはずだろう？ そのように我が軍の内規を他へ漏らすことは重大な規約違反ではないのか？ んん？』
『はいはい。シュナイダー曹長殿、その件に関しましては軍法会議でも何でもやってくださいな。ただし、部下のやる気をそぐような発言はお控えくださいと何度も上申書を提出したはずではございませんこと？』
「あは。なんかどっかの映画にでも影響されたんじゃないの？」
『ちょっと前にやってたのよ。ステーションの公共回線の映画専用チャンネルでね…何だっけ、ろくな装備も実績もない落ちこぼれ宇宙軍が気合とコンジョーだけで侵略宇宙人撃退しちゃうってやつ。ったく、男ってのはいくつになってもそんなのが好きなんだから』
大げさに肩をすくめて片目をつぶって見せる。…実はそれほど困ってないんじゃないか、内心では彼女も楽しんでないか？ とも思えるのだが…実際のところは彼女自身にしか分からないだろう。それでも少なくとも、画面内のあっちの船内に不穏な空気が漂っているようには見えない。
『ところでポルカは元気？』
「元気っつーか、相変わらずっつーか」
ちらりとポルカをはめこんである入力装置に目をやる。この見た目はただの筒にしか見えない装置は操縦士席の真ん前に設置してある。だから今は双方向化してあるサブモニタからはこの筒とマズルカの顔がほぼ同じように見えているのだろう。
ルークとケリー、この二人はやはり貨物運搬を専門にしている「ホープフル」社の社員である。だいぶ老朽化が進んでいて、耐用年数ぎりぎりの「ホープフル11」号に乗って業務をこなしている。…とは言ってもホープフルの社員は全部で五人。社長のベアトリス自らが電話取ったり営業行ったり地上要員やったりと大忙しでもある。やはりマズルカ達と同じように専属のメカニックもいない小さな所帯になるのだが、宇宙機は二機持っている。今、ルークとケリーが乗っているホープフル11号と最新型の12号である。…近々11号は引退する予定なので13号を購入するのだが…そこまで予算がなくて、実はおおわらわなのでもある。
なお、軌道上から惑星衛星間航路の全てを取り仕切る「軌道交通法」では旅客機のみ機長と操縦士二人以上の乗船を義務付けている。実際には航行士と呼ばれる補佐役がつくことも多く、操縦する側は三人くらい乗ってるのが普通だったりする。大型機になればもっと人手が必要になるのでさらに多数乗ってる場合もある。…しかし貨物輸送機では特に人員数に定めはないので二人乗ってそれだけ、というケースが圧倒的に多い。超大型の貨物機になってようやく三人乗り組んだりするのである。
逆に小型機の場合は一人しか乗ってないことも多々ある。マズルカの場合はポルカという補佐役が乗って？いるのだが…大抵はこうやって補佐のできる知能型コンピュータなどを積むのが普通でもある。貨物機も乗員二名を義務化しよう、という動きもあるにはあるのだが、それとは反対にテクノロジーは少人数化へと動いている。そのうち旅客機でも一人乗りが当たり前になるのかも知れないのである。
何度かちらちら見ていると、ようやくうるさそうな声をあげる。
『…どうした。何かあったか』
「べっつに〜」
『あら。お変わりないようですね』
『ま、何か違っててもよく分からんけどな、俺らには』
『ずいぶんな挨拶だな…これでも内心は傷つきやすいのだぞ』
「冗談ばっか。あたしには思いっきり言いたいこと言うくせに。そんなに傷つきやすいんなら少しはしゃべる方も自重してほしいもんだわね」
『マジーなら大丈夫でしょ？ なんだかんだ言ってしぶといし。叩かれても叩かれてもすぐに立ち直るし。そういう姿って共感得やすいのよね』
『いいねえ。そういうシチュエーション、燃えるねえ』
「…あたしを熱血教師とかそういうのにしたいってか」
『そう言や、映画チャンネルで次の次くらいに熱血教師の話やるってさ。バーニーに録画頼んであるから、マズルカも観るか？』
「いらん。あたしを変な世界に引きずり込まないでよ…もお」
…今度は画面の奥、ホープフル11号からやはり軽快な電子音が鳴るのが聞こえてくる。ほぼ同時にタイニィビート号でも電子音が鳴った、のだが…先ほどとはメロディが違う。
「お。カルスの連中じゃない」
着信音によってかかってくる相手を決めてあるようである。
「やっほー、今日のチームはどこ？ エディソン？ アリシア？ チャールズにはこないだ会ったっけ？」
『今日はフランカーよ』
左下のサブモニタでケリーがため息をつく。カルス社は軌道上でもそれなりに名の知れた運搬専門会社で、実働は六つのチームからなっている。一チーム三人で編成されているが二人で運用することもある。特徴的なのは自社の持ち船を持っていないことだろうか。貸し出し業者と年間レンタル契約しているのだが、機体の簡易メンテや様々な登録業務などをしないでいい分、身軽に動くこともできる。そのため、船名が毎回違うことでも知られている。
『よりによってねえ…チーム・フランカーの方々は非常に映画に詳しかったのよ…』
つまりはルークの余計な余興など問題外、ということで大いに笑われてしまったらしいのである。
