「み、みっこうしゃ〜？」
すっとんきょうな声を上げるマズルカ。当たり前である。海の上を走る帆船ならまだしも、ここは基本的に生物の生存が困難な空間のまっただ中なのだ。タイニィビート号は一定量の貨物を運ぶ関係上、船内のほとんどを与圧して呼吸気を充満させてある。しかし、それでもそうしていないブロックだってないわけではないのだ。そういう場所へ迷い込んだら一発で終わりである。
だから「密航者」などという単語そのものはおとぎ話でしか目にかかれない代物になってきている。あまりにも現実味がない。
「生きてんの？」
真っ先にこういう質問も出る。もし死んでいたらさらに厄介だ。
『生きてはいるようだ』
「…どこ？」
『居住区、CブロックのD物置だ』
とりあえず呼吸気の満ちているブロック。
「あそこか…よく入れたもんね」
その居住区は操船部の一部に設けてあるスペースでもあるが、貨物運搬船という性質上それほど大きくはない。むしろ旅客船に慣れている人ならば狭すぎて、これが居住区などとは思わないのではないだろうか。
惑星衛星間航行では複数日以上の時間がかかる場合もある。第二衛星なら当然のことでもある。そのため旅客船には居室などの寝るスペースがつくのが当たり前になっている。会社によってその内装や特徴に凝ったりして集客に務めている。ホテル並みの設備にまで充実させてある場合もあったりするのである。が、それで値が張りすぎて逆になかなか普及しない…ということで近年になって安価な部屋や、雑魚寝できる広いスペースを設ける会社も増えてきてはいる。観光などお遊びではなく業務や仕事で第一衛星や第二衛星に行く、という人たちがここのところ爆発的に増えてきているのだ。
『子供かな。背も小さい』
「分かった。ちょっと行ってみる。…あんたはどうする？」
『コンピュータとは無線接続をしておく。連れて行ってくれ』
マズルカはポルカを左腕にはめると、そっと足音を忍ばせて泳ぐように操船部のキャビンを漂い出た。
『…呼吸はしているようだ。生命活動としての動きはある』
例えば呼吸の時のわずかな震えだとか、息を吸ったり吐いたりする動きだとか。どれだけ息を忍ばせていても生きている限りそういった気配は消すことができない。機載コンピュータと連動している今のポルカなら探そうと思えば、どこかから忍び込んできた羽虫一匹が飛び立つ時に脚の先でひっかいた繊維の端まで探ることができる。ただ、そんなことまで探っていても意味がないからそこまではやらない。ポルカにとっては慣れた作業なので、必要な情報だけ選別するのはいつものことだ。
「どっかに移動していない？」
とん、と床を蹴るとすぐに天井が近づく。今度はごちゃごちゃと配線やら工具やらがくくりつけてある天井を、やはりとん…と弾くように後ろへと受け流す。無重量なので一回自分の前方向へと力を入れてしまえば、何かが遮ったりして別方向への力を加えない限りその方向へと物体は移動していく。大型艦ならまだしも、これくらいの小型宇宙機には与重力装置はついていないのが普通だ。だからこうやって壁や天井を軽く押して自分の体を移動させるのは当然のことである。ただし、細かい調整くらいはしておかないと思わぬところへ頭をぶつけたりするから、慣れていない人は注意が必要である。
『動いてはいないな。場所は変わらん。居住区のCブロックのD物置。…あそこもそろそろ片付ける必要があるな』
「なんだかんだってたまっていくもんだからねえ、ああいうのは」
『重量物が増えるのはあまり感心しないのだが』
「分かってるって。…どっかに売れないかなあ、あれ」
『無理だろう。廃棄するしかないな』
「金かかるからなあ…」
ほう、とため息。そのせいで若干ズレた自分の体の行く先をかすかに戻して…居住区の扉を開ける。
居住区は操船部でも奥の方にあって、ABCの三つに分かれている。Aはマズルカが使っているブロック。とは言っても身の回り品を納めた小さなロッカーと寝ている間に体が漂い出ないように工夫されてるベッドが一つ。…ベッドというよりカプゼルとか寝箱とでも呼んだ方がいいのだろうか。床に取っ手があってそれを開けるとそこが寝る場所である。一人が横になるともういっぱい。寝るだけの場所だからそんなに広くなくてもいいのである。ちなみに前述の近年増えている安価な個室でもこれよりもっと広い。…なお、こういう場所では上下左右はあまり意味を持たないので、ベッドが壁にあろうが床にあろうが関係ない。寝袋もあるので時折気分を変えてそっちを使うこともある。いくつかのフックで壁や床に固定して使うのだ。
Bブロックはいわゆる客室である。貨物専門の彼女達の宇宙機は客を乗せることは許されていない。それこそベルファの『告発』の対象となり、多額の罰金か懲役刑となってしまう。しかし貨物は内容によっては付添い人を必要とする場合もある。そういう時のために二つのベッド（つまりは寝箱）と質素なスペースを用意してあってそれなりの広さ（とは言っても安価個室程度）を確保している。ただし普段は使わないブロックで、今までも使ったことはない。ちなみにAB両ブロックはポルカの監視網から外すこともできるようになっている。特に誰かがいる場合はポルカも覗かない。
そしてCブロックだが…つまりは物置なのである。どうしても必要なものや、貨物室には入れずに運ぶものはここへ収納される。ABCDEFと六つの物置があるのだが…要するに小さな物置が六つある、と思ってもらってもいい。
