『密航者あ？』
すっとんきょうな声が惑星上から第二衛星へと向かう航路上へと響く。誰かさんと同じ反応ではある。仕方のないことではある。小説か映画くらいでしかお目にかかれないような状況なのだ。
今回は音声のみではなく画像付きの通信となっている。だから今後も体を動かす運動なんぞとは一切関係を持つこともないだろう、不健康にやせててあまり顔色の良くないジルバの顔がサブモニタに映し出されている。時折細かい線のようなノイズが入ったり、何秒かに一回くらいの割合でかすれたりするのはそれなりの距離、惑星と離れてしまっていることの証拠でもある。
離れれば離れるほどこういう障害は起きてくるものではある。
「そ。この子。エイブラって言うんだけど」
レーザー通信時には双方向のモニターにもなるので、共用メインモニタの前に彼女を立たせてみる。
「どーも。はじめましてぇん、ア・タ・シ、エイブラっていうんですぅん。お兄さん、遊んでかなぁい？」
冗談は冗談として受け取ったようだ。…一瞬だけどこか何か引っかかるような微妙な感覚の後、ジルバは顔を覆って大きくため息をついて見せる。
『参ったな。何がどうしてそんなことになったのやら…マズルカ、お前まさか…』
「何もしてないわよ」
『何かしたんじゃ…って、まあ、そりゃ冗談だけどもよ』
これが前述の「つっかえつっかえしながら通信」である。はたからだと会話が噛み合っていない、ちぐはぐな現象にも見えるだろう。まあ、マズルカもジルバもこういう風な通信には慣れてしまっているので、お互いがお互いをある程度先読みして会話することもできる。あるいは相手を無視して必要な要件だけ先にしゃべってしまう、というのも一つの手ではある。
「どうしたらいいのかな…」
『とりあえず第二衛星まで飛んでいくしかねーだろ。引っ返すわけにもいかねーんだし。こっちから向こうの管制局には連絡入れとくわ』
「わかった」
『後は仕事を成功させることだけ考えてくれ。こっちはこっちでなんとかしてみるから、よ』
と、モニターの向こうのジルバが今度は上を向いて…また大きなため息。
『…ったく、今回は軌道計算ラクショーだったのになあ…こんなウラがあるとは…。んじゃあ、何かあったら連絡くれ。もちろんそのお嬢ちゃんのこともな』
「そうは言ってもねー…」
…どうにものらりくらりと尋問をかわされているような状況なのだ。分かっているのは名前がエイブラというだけで他は何も…
「あ。そうだIDカード」
何かされる前にエイブラの襟首を再び締め上げるように引き寄せる。ぐえ、とかそういう首でも絞まったような声も聞こえているが、気にしてはいけない。
「認識番号があるわ。スキャンしてそっちに送るね」
12ケタの数字と英字が認識番号として載っている他、バーコードもついている。こういうのは荷物や部品の識別にも使われるので、コンソールには専用のハンドスキャナも用意してある。
『…オッケイ。これで少しは何か分かるかもな。なんか分かったら連絡入れるわ。んじゃ』
「ほいほい。お願いね」
いつもより長くかかってしまった通信を切って、IDカードごとエイブラの体を、ぽん、と操縦士席へ放る。
「さて…と」
「あたしは仕事があるからね。…勝手にあちこち触っちゃダメよ」
「イエス、マム」
「…いいお返事だこと」
無意味に敬礼しているエイブラを操縦席に残し、貨物室へと泳いでいく。操船部から細い連絡通路を通って行くことになる。棒のような連絡通路にぶら下げられているような（実際にぶら下がっているわけではない）貨物室…貨物コンテナを目指すのである。
機体や貨物の定期チェックはもう終わっていて、今日中にする必要はない。が、なんだかちょっと気になることがあるのでもう一度チェックしてみようか…と彼女にしては珍しく能動的？に動いている。
「…またやけに静かね」
そう言えば左腕のポルカは先ほどから一言も発していない。ジルバとの交信の時からそうだ。…重量の時もそうだったが、こういう時は深く考え込んでいる時が多いことはマズルカもよく知っている。が、それでも気になる時は気になるものである。
「あの子のこと、しっかり見といてね。何されるか分かったもんじゃないから」
『ああ』
「どしたの？ やっぱりホントはどっか具合でも悪いんじゃないの？」
