今回の荷物は生活雑貨などが中心で、品目は多いのだが量はそれほどない。その辺をヒモ付きで漂っていたチェックリストをつかみつつ連絡通路へのドアを開ける。操船部と違ってやや汚れた印象を受けるのは連絡通路の性質が性質だからだろう。居住区を含む操船部は時折掃除をすることもあるが、こういった連絡通路はめったに掃除もしない。そもそもはマズルカでも頻繁に出入りする場所でもなかったりもする。最後尾にある駆動部のメンテなんかをする時に外注のメカニックが通ったりするくらいなのである。
それでも貨物室やコンテナの状況を目視で確認したい、とかそういうことになれば通ることにはなるのだが…通常なら機載コンピュータ上で検査シークエンスを実行するだけだから、わざわざこんなとこまで来はしない。
「ねえ？」
『…やはり気になるのだ。あの娘』
「まーね、気になんない方がおかしいけどさ」
なんだかホコリっぽいような気がしていた薄暗い連絡通路を抜けて、床にあるハッチを開ければ貨物室である。今回は荷が荷なのだが一応、ということで呼吸気を満たして気圧も合わせてある。
マズルカが入ろうとしているのはA貨物室と呼ばれるコンテナだ。BとCの貨物室は今回はカラなので呼吸気を満たしてもいない。…厳密に言えば貨物室はタイニィビートに所属はしていない。軌道上で扱う貨物コンテナには統一規格があってどんな貨物運搬船でも使えるようになっているのだが、その所属はそれぞれの会社になるのだ。複数機運用している会社なら毎回違うコンテナを貨物室として積むことも十分にあり得る、ということである。
必要な電力供給は母船であるタイニィビートから、きちんと行なわれているので照明のスイッチを入れればこちらは中も明るい。ふわり、と貨物室の底へと降りていくマズルカ。コンテナと言っても家一軒が丸ごと…は少し大げさか、それでもいくつかの部屋ならすっぽりと入ってしまいそうなほどの大きさは十二分にある。
コンテナの底にはベルトで固定された箱が全部で5つ並んでいる。完全に開けてしまって中身を全部取り出してチェックするわけにもいかないから、ラベルとできる範囲のチェックになるのだろう。
「で？ 何が気になるって？」
『まずは侵入経路だ。どうやってこの船に入り込んだのか…』
「たしかにね」
ベルトをそっと外して…一番手近な、一つ目の箱に手をかける。大きさはマズルカは無理でもエイブラくらいなら一人押し込むことはできる程度。ラベルには「生活用品・ワレモノ注意」と書いてある。…ワレモノったって本当にかすかな振動でも破砕してしまうような代物ではあるまい。そういうのは当たり前だが別料金取って慎重に運ぶようになっている。
「やっぱり荷物かなあ…」
『その線は濃いな、たしかに。…だからここへ来たのか』
「まあね。どっかに開いた跡でもあれば、と思ったくらいだけど」
こういうコンテナの周囲にもポルカを介して機載コンピュータのチェック網は機能している。タイニィビート全体に張り巡らされてある監視網なのだから当然、と言えば当然なのではあるが。
『ふむ。だが残念ながらここにあるどれかにも異常は検知されていないな』
「うん。分かってる」
『念のため、か？』
「それも、ね。後はさ、あいつを一人にしてみたらどんな動きするかな…？ ってね。きちんとモニタしてるよね？」
『無論だ。…先ほどから操縦士席を離れていない。足を揺らすこと8回、視線を巡らせること55回。何かに触ろうとする兆候は見られないな…特に問題なしというところだな』
「そのままじっとしててくれりゃいいんだけどね」
一つ目の箱に、顔ごと突っ込んで携行用の小さなライトで中を照らしているマズルカ。宇宙機内としてもちょっと異様な光景でもある。惑星上だったら泥棒か何かと間違われそうである。…箱の中は個別に梱包してあるさらに小さな荷物がたくさん積まれてある。もちろんそこまでバラしてしまうわけにはいかない。荷の異常もそうだが、箱そのものを内部から確認することが今の彼女の目的なのである。
『気になることはまだある。フォルスフォーマのことだ』
「フォルスフォーマ」、つまりは「偽の生命体」を意味する。エイブラがポルカを見た時に言いかけた単語で、はるか昔に「人工生命体」を表すために使われていた。そして、ミメットが開発された頃にはベルファやポルカのような存在を区別する際に使われるようになった言葉である。例え有機質の体を持っていても、ヒトとは明らかに違う生命体をかつてはこう呼んでいた、ということだ。いく分かの侮蔑感が漂う言葉でもある。そのため現在ではほとんど使われない。
「フォルスフォーマ、ね。知ってる人もいるにはいるんじゃない？」
『あの娘の外見から考えてみてくれ。年代的にあり得んだろう？』
頻繁に使われていたのはミメットという単語ができるよりずっと前。数百年も前のことになってしまう。
「…親とか家族が知ってたとか。あたしだってあんたのこと知ったのは父さんからなんだから。父さんは…そのまた父さんからとか」
一つ目の箱に異常はなかったようだ。ごそごそと後ずさりしながら箱を元に戻すマズルカ。
『しかし普通ならミメットと呼ぶだろう』
「まあね」
