二つ目、三つ目の箱にも特に怪しい点は見つからなかった。そっと閉じて元通りにするマズルカ。
この三つはそれほど大きなものではない。問題は残った二つの箱である。まるで見上げるほどに大きくどっしりと居座っている。ほとんどコンテナに対してほぼぴったりの高さを持ってるんじゃないか…と思われるほどである。それらが特殊繊維で編まれた頑丈なベルトでしっかりと固定してある。
「…ふう」
マズルカが大きなため息をつく。…これからの作業を思うとため息の一つも出るだろう、というものである。特にめんどくさがりの彼女ならそう思うのも当然なのだろう。
まるで角砂糖に取り付くアリのような格好で（箱と彼女の大きさにそこまで差はないのだが、表現としてはもっともしっくりくる）一つ目の大きな箱に乗ってふたを開ける。中身は…小さな箱がびっちりぎっしり。
…うげぇ…
『大丈夫か、マズルカ？』
「…まあ、なんとか。で？ 話したいことはまだあるんじゃないの？」
『うむ。…通信機の故障の件もある。どうにもこれらが無関係には思えんのだ』
「そうね。うーん…」
と、貨物室にもはっきりした電子音が鳴り響く。
「あ。通信だ。…ジルバかな？」
箱を丁寧に閉め、再び泳ぐように操船部へと向かう。内心ではほっとしていたのかも知れない。
「いえあうふぁ、私、なんにも触ってませんよ、ホントですよ」
とかなんだか意味不明なことをぬかしているエイブラは無視して機長席につく。通信をオンにしてみる…
「ん？」
共用メインモニタは砂の嵐。相手は画像なし、ということか。
『待て、マズルカ』
「何？」
『…データ通信だ、これは…』
サブモニタに受信状況を示す小さなバーが現れた。これが右端までいっぱいになると送られてきたデータを完全に受信しきったことになる、のだが。
「発信元は？ ジルバじゃないっぽいわね」
『ああ。惑星上からだが、彼ではない。なんだ、このでかいファイルは…』
「危険なもの？」
『分からん。…スキャンしてみるが…誰だ、こんなもの送ってきたのは。しかも題名もない…』
こうやってデータを送ってくることはよくあることでもある。例えば仕事の依頼であるとか。あるいは何らかの警告書であるとか。しかし、仕事の依頼なら怪しまれないように題名をつけるのが当然のマナーだし（それでも害意のあるファイルではないという保証はないが）、警告書だったらこんなにでかいはずもない。
そもそもなんでわざわざ第二衛星への航路に乗ってる船に転送してくるのか。用があるなら地上のジルバのところに送ればそれでいいはずである。
「…なんかやったんじゃないでしょうね」
「いえー…何かって何ができると言うのですか、この囚われの身のワタシに」
「誰が囚われてるんだか。ったく」
『受信は終了した。スキャンしてみよう…』
『スキャン終了。特に害のあるものは見つからなかったが…実行してみるか？』
「実行ファイルなの？ ただのデータじゃないってこと？」
『データファイルもいくつか添付されているが、実行ファイルを動かさないと閲覧もできん』
しばし、間があった。下手に実行して取り返しのつかないことになる可能性もある。いくらポルカがスキャンして問題なくても完全ではない。
「…やってみましょう。でも他のシステムとは完全に隔離しておいて。できたら物理的に独立してるドライブでやってみて」
『了解』
共用メインモニタに現在の状況が示されていく。複数の四角い区画が連結された形で表されていくが…そのうちの一つの区画が、まるでブロックを切り離すように周りから隔離されていく。物理的にもデータ的にも切り離しておいて実行させるつもりなのだ。
『…いくぞ』
ポルカの一言とともに切り離されたブロックに、点滅する一点が現れた。これが先ほど送られてきて、これから実行しようとしているデータなのだろう。
やや緊張した面持ちで、うなずくマズルカ。ポルカがそれに応える。
『実行』
