すると…メインモニタから船内へと光があふれてきた。
「…何これ」
『さあ…』
色調としては何のひねりもない、白い光。
ただそれだけなのだ。何らかのプログラムが実行されているのは間違いない。だが…モニタから光があふれてくるだけならこんなにでかくする必要もない。
それほど強い光でもないようだ。メインモニタを見続けているマズルカも、ただ目を細めているくらいである。これがもっと強い光ならこれだけの余裕はないのではないだろうか…。それでも無意識に上げてしまったのだろう、右腕をゆっくりと下ろしながらいささか抽象的な疑問を口にする。
「…ヤバいやつ？」
『いや…各種センサーには肉体的・機械的に何らかの影響を及ぼすような要素は感知されていない。…特に異常はないということだ。普通に人間の可視領域の光だな、これは。実行するとモニタのユーティリティいじって最大輝度に上げるようにでもなっているんだろう。ついでに適当な光源でも真ん中に配置すればこれくらいのことは誰にでもできる』
そっけないポルカの言葉である。
「じゃあ、なんで…」
「あああっ！ 頭が…割れるよーに…イタイ…」
びくん、と体を震わせて…まるで人形のように操縦士席に収まる。いわゆる『糸の切れたマリオネットが崩れ落ちる』状態である。そしてご丁寧にわざと焦点の合わない瞳を、ぐい、っとモニタに向けてみせるエイブラ。…どこかの何かのお芝居の真似なんだろうか、これは。
が…ちらっとだけ見て後は無視を決め込むマズルカ。賢明な判断である。
『実行の第一段階が終了した、というところか。別の実行ファイルが生成されたな』
一定時間経つと何らかのアクションを起こすようになっているのだろう。光がじょじょに収束していって…ぽん、と何かアイコンが画面上に飛び出る動画が再現される。そしてまた白い光がその勢いを増す。なかなかに凝った作りではあるが、こんなことまでする必要もないのも事実ではある。
『しかし…こちらもどうにも厄介だな。普通に実行できる代物ではないようだ。パスワードが必要なのか…いや、実行過程そのものが暗号化されているようだな、これは』
「言語の方でどうにかできない？ 分解とか分析とか」
こういうコンピュータやネットワーク上で「何か」を動かすための言語にはいくつか種類がある。それでも数千数万とあるわけではないのでポルカならそれら全てを理解することは十分に可能である。そういったキカイのコトバを書き記してあるのがプログラムである、と言うこともできる。その書き記してある内容がある程度でも把握できれば…誰がなんでこんなモノを送りつけてきたか、とかそういうことも分かるかも知れない。
繰り返すが、ただ白い光を出してファイル生成するだけならこんなでかいファイルは必要ないのである。明らかに何か他の目的があってここへ送信してきた、と見るのが妥当であろう。
『気になるのか？ 中身が？』
「この状況で気にならない方がおかしいわ」
『…実行作業に対するトラップはない。…が…ソースの閲覧には多重のロックがかかっている。これを解読するのは少々骨が折れそうだ。結局は素直に暗号を解いて実行しろ、ということか』
「おおお、光、光があああ…」
「でもヒントも何もない、か…解ける？」
こういう風に暗号化されてることは、もちろん珍しいことではないのだが…独特なものだと余分な手間もかかってしまう。
『できないことはないが…時間的に無理があるな。場合によっては第二衛星の軌道ステーションに着いてしまうかも知れん。暗号そのものも結構厄介なシロモノなのだ』
「あちゃ…」
『しかも私がこれにかかりっきりになってしまう。第二衛星に着くまでシステム管理は全部手動になるな』
「それは…イヤだわ…」
そういう経験があるのかも知れない。やや青ざめた顔で何度も首を振る。
しかし変わらずマイペースなのはこやつである。
「あああああ、うふぐふうふぐ…」
まるで邪教徒の怪しい踊りでもあるかのように、肘より上をだらしなく持ち上げて左右へリズミカルに、振り回す。ついでに足でよく分からんリズムを取りながら目は作ったように空ろ。で、しゃべる言葉もあー、とかうー、とか…。
「ええい、うるさい！」
意味があるんだかないんだか分からない、それこそ人形のようにかっくんかっくん頭を上下させている。そんな頭へ水平にチョップ。と、くるりと空中で体ごと一回転してまた操縦士席に収まる。…案外器用な娘ではある。
「何するんですかあ〜」
目をぱちぱち。目が覚めたようである。はたかれた頭を抱えて、うらみがましい視線。
「何はこっちが聞きたいわよ、さっきからぎゃーぎゃーうるさい」
「いや、こういう場面ではこういうリアクション取った方がいいのかなあ、とか」
「いらんわい」
「えー…」
「もういいからさー…しばらく黙っててよ。そっちの事情とか話してくんないんじゃ、こっちも何もできないんだから」
はあ…っと大きくため息。ついでに眉間の辺りを軽くもみほぐす仕草までして見せる。
「なかなかに楽しいものだったんですが」
楽しかったのか、あれが。
「こっちは楽しくないわい」
そりゃそうだろう、色々考えてる時にわきで騒がれたらうざったいことこの上ない。
