マズルカ・マズルカ The "0" Day page 18

　もう一回、はあー…っと大きくため息。この娘が来てから一体何回ため息をついたのだろう？　当のエイブラが鼻歌なんぞを歌いながら泰然、としているのがさらに憎らしくもある。
　…もう一度、ため息。

　モニタ上の白い光は少しずつ消えていくようになっているらしい。今はもうほとんど元の状態に戻ってしまった。
「…どうだろ、これ無視しとくってのは」
『そうだな…』
　ポルカも少々困った様子だ。たしかに別に無理に解く必要もないのだ。差出人も分からない、内容も分からないファイルなど捨ててしまって問題はないだろう。頼みもしないのに毎日大量に送られてくるスパムメールのようなものでもある。いちいち相手にする必要もない。
『…圧縮データだけ保存しておくか…』
「いいわよ、別に。どうせ見ることもないだろうし」
『いや、管理局に報告しておかないといけないだろう。その時の証拠になる』
「そっか…じゃあ、この展開したファイルは…って、あんた、何してんの？」
　話し込んでいたのでうつむいていたのだが、ふと顔を上げるとエイブラが操縦士席のコンソールに向かって何やら打ち込んでいる。機長席にあるものとシステムを共有していてモニタも同数ついている。二つの席周りで違うところと言えば機長席にはポルカ用の「筒」があるくらいだろうか。もっとも、マズルカの座っている機長席の方がシステム的には上位になる。操縦士席側のシステムを強制的に停止させることだってできる。
「えっと、実はこういうの得意なんですよ。大した暗号でもなさそうですし…解いてみましょうか？」
　ちらっとポルカを見るマズルカ。人間同士だったら思わず顔を見合わせた、というところだろうか。その意図がよく分からないところではあるし…何より相手が相手なのである。…少し、考えるマズルカ。
「わかった。できるんならやってみて。ただしファイルは移動させないでよ。折角隔離したんだから」
『……』
　ポルカが何も言わない、ということは特にマズルカに反対しているわけではないということになる。それでもエイブラにいじくらせるのに賛成か、と言えばそれはそれで微妙なところなのではないだろうか。
「うぃっす」
「それから余計なことしないでよ」
「らじゃ、です」
　結構慣れた手つきでコンソールを操っていく。年齢は低そうだが、こっち方面の経験は豊富なのかも知れない。

「…出ましたけど…」
　そうエイブラが言ったのは一時間ほども経った頃だったろうか。その間マズルカは隣の機長席からじっとその手の動きを見ていて…しばらくしたら飽きて…こっちからでも何かできないか、とちょろっとファイルいじくって…また手の動きを見て…を繰り返していた。ほとんど何もしてないのと同じである。彼女がいじくったってファイルをどうこうはできないのだから。
「どんなデータ？」
　いくつかのウインドウが開いては閉じる。最終的にメインモニタいっぱいに何かの図が示される。さっきまであふれていた白い光はもうなくなっている。モニタは元の状態に戻ってしまったようだ…。
「これですけど」
『なんだこれは…』
　メインモニタに映し出されたのは惑星本体と第一衛星と第二衛星の相関図のようなもの、である。赤道径から自転周期、互いの距離などのデータも記載されてはいるが…こんなもん、どこにでもあるデータである。しかも
「…惑星の軌道ステーションに滞在、その後第一衛星の豪華なホテルに宿泊。オプションで第二衛星まで足を伸ばしてみませんか…って、なんじゃこら？」
『どこかの観光旅行案内のチラシか…？』
　たしかに惑星に見立てた球状のCGの周りに何本も色鮮やかなラインが楕円状に引かれてて、その上に小さな点がいくつかある。…この小さな点は第一衛星や第二衛星の軌道ステーションをあらわしているのだろうか。今時惑星の軌道ステーションへの観光など珍しくもないし、第一衛星にだって観光や仕事で訪れる人は年間でのべ数百万人を超える。その点、第二衛星への航路はまだまだ民間の旅客機が簡単に往復できるほど楽なものではなく、軌道ステーションだってまだ小さなものである。しかし将来的にはこういったビジネスは各社で計画されている。そういった計画内容？らしいものまで細かく載っていることから、実はこれはそれなりに社外秘な資料なのかも知れない。
　が…なんだってこんなもんがいきなり送りつけられてきたのか。この船はただの運搬専用宇宙機であって企業家とかエライ人が乗ったりするチャーター機ではない。
「なんだかなあ…なんなんだっての…」
『まさか…この膨大なデータ量は全部画像と…動画ということか？　しかも…実行ファイルでこれを示すだけ…』
　しばし、呆然、としてしまうマズルカとポルカ。
「残しとく？　これ？」
『念のためだ。残しておくか』
　その言葉に曖昧にうなずいてみせる。ただ顔を縦に振ってみせただけ、という見方もできる。

「他にも出たんすけどね…これですけど」
　エイブラが示したモニタにはまた別のファイルがある。…やはりさっきと同じようなファイルである。
「これも…解けって…？」
『そういうことだろうな』
　一回ファイルを開くとまた別のファイルが…というのは一種のパズルとして存在してはいる。多分そういう入れ子細工になっているのだろうが…
「あー…もうダメ。あたし、寝る。…とりあえずあんたにも部屋上げるから、こっち」
「あう、私は…別にここでも」
「そお？　んじゃ寝るね、あたし。じゃ」
　がっくりと肩を落としたまま、とん、と床を蹴って泳いでいくマズルカ。ポルカはコクピットのくぼみに残して行ったままである。
　その様子を見ていたエイブラ。

「…うーん、まだまだかなあ…」
　なんか謎っぽい言葉を小さく吐いて、やはりため息をつくのであった。