『うそうそ。冗談だってば〜…ねえ、マジー、こっち向いて？ ね？』
「知らない」
『はっはっは、マズルカにしては珍しいじゃないか。いつまでもむくれてると美人が台無しだぞう？』
「いや、言うほど美人じゃないですから、この人」
「お前に言われたくないわあ！」
ふーっ、ふーっ…と肩で息をするマズルカ。やはり一方のエイブラは平気な顔である。…ここんとこのパターンでもある。それが落ち着くまで若干の間が必要だろうか。マズルカが機長席に座ると、エイブラがなぜか操縦士席からにこりと微笑みかけてくる。そのまるで屈託のない幼児みたいな笑みにマズルカが過剰に反応して一波乱。今度は先ほどの醜態？をネタに一波乱、次に居住区の狭さで一波乱…。
いつまでやってんだ、この二人。
というのがポルカやケリー、ルークらの共通した認識だと思われる。ぱっと見ただけでは仲が悪い、というより波長が合っていないように見える。しかしなんだか実は仲の良い姉妹のように見えなくもない…というのはやってる内容のレベルがほぼ一緒だからだろうか。エイブラがボケてマズルカがツッコむ、という流れを見るだけならタイミングはばっちりでコンビとしては申し分なさそうである。
そんなマズルカはコンソール手前に肘をつき、それへ頭を丸ごと乗っけてしまう。やや顔が斜めになった状態。そして大きく息を吸って、吐き出す…もう大丈夫、と判断したのだろう、そのタイミングを見計らってケリーが言葉をかける。
『で…結局この子が何者なのか、ってこともまだ分かってないわけ？』
「うーん…そ。ったく、何聞いてものらりくらりかわすだけでね。一応IDナンバーはジルバんとこに送ったんだけど…まだそっちの返事も来てないし」
と…そこでなんだか妙な視線に気づくマズルカ。その視線の元は誰あろう、モニターの向こうにいるホープフルの二人。
…そう言えば…なんでこの二人エイブラのこと知ってたのかしらん…？
一度顔を見合わせて、それぞれが軽くうなずいてからもう一度視線をこちらに戻す…二人。
「な、何…？」
『…実はね、マジー…ジルバがね、うちとカルスのチームフランカーに特信送ってきたのよ』
特信、とは特別通信の略で、何か緊急事態が起きた場合に発信される。
発信元は特に限定されることはなく、このように惑星上から軌道上その他へ向けて個別に発信されることもあるし、軌道管理局から全宇宙機全回線へ軌道上の緊急デブリ警報発令用として利用されることもある。回線は通常の通信機と同じ帯を使うのが常。が、こちらを最優先させる信号を伴いながら発信されるため、通信中でも問答無用でぶった切ってなかば強制的に受信させられる。普通の商用宇宙機なら機密保持のためにカンパニーコールを別回線として装備しておくのが当たり前だが（それでも会話内容に対して完全な機密が保たれるわけではない）通常の回線は通常の回線として使う機会も多い。そこへ強引に割り込んでくるため評判がいいとは言えない。が、非常時ともなれば重宝する通信手段ではある。
『タイニィビートに正体不明の人物が乗り込んでいる、ってね。しかも密航者だ、って』
「しょーたいふめーって…IDナンバーは？」
『あり得ない番号なんだそうだ。出てきたのは相当前に亡くなった人で、名前もエイブラじゃないらしい』
英数混合で12ケタである。組み合わせは楽に兆を超える。もちろん全く同じ番号が出てくる確率はゼロではない。ただし、その確率がめちゃくちゃ低いということなのだ。普通に生活している分にはまず獲得できないだろう番号。ということは…。
『なんかヤバいことに首突っ込んじゃったんじゃないのか…って。彼、心配してたわよ』
「…ふ。ふ。ふ」
「あに不敵な笑み浮かべてんのよ」
…ここで出て来るんじゃないでしょうね。
とか思ってるマズルカを尻目にぐぐっと両手を組み合わせて虚空を見上げてみせるエイブラ。まるで神に祈るようなポーズであるが、そっちが神のしろしめす天かは分からない。しかも、どこのどんな神に祈っているのかも分からない。もしかしたら邪神とか魔神とかそういうものかも知れない。
「バレてしまっては仕方ないですね。では…ここで私めの正体を明かしてしまいましょう、惑星タマルハスを去ることはるか3000万光年、ああ、あれは我が懐かしきふ」
『ところで君のIDカードにはなぜエイブラとしか記載されていないのだろう？』
どこか一本抜けた明るい調子でポルカ。…それを聞くと、マズルカが一気に動いた。今度こそ息の根を止めん、とばかりにエイブラの首のIDカードをヒモごと思い切り引っ張る。
「ふげえ」
そして指差しながら確認する。IDナンバー、バーコード、そして…。
「エイブラ。それしかない…あんた、この後ろの名字とかファミリーネームとかは？」
「がふ、ごほ、げへえ…え、いや、そりゃあ…だって姐さんだってマズルカだけじゃないっすか」
「あたしのは通称みたいなもんだからいいの。ポルカだってジルバだってそうなんだから」
