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「あー、さて仕事仕事」
…皆がそれぞれの持ち場に戻っていく。三分割されていたメインモニタはそれぞれの簡単な別れの挨拶と共に普段の状態に戻り、マズルカはポルカをはめて作業へと戻っていく。これが通常の船内の状況でもある。いくら長時間航行が主でエンジンなどの推進系統がメンテナンスフリーとほぼ等しい（基本的に航行中にエンジンいじる必要はない、ということである。その代わり一航行終えると分解整備クラスのメンテの嵐が待っている）とは言え、彼らだってヒマではないのである。
さっきまでの喧騒がウソのように静かになってしまう操船部のキャビン。かすかな振動はエンジンが順調に吹いている証拠。時折流れ来るか細い電子音はこれもコンピュータが順調に作動している証拠でもある。
「ほんとだってのに」
一人残されたエイブラがぽつん、とつぶやく。下を向いているのでその表情は…ちょっと分からない。
そんな頃に惑星上のジルバは何やってるか、と言うと…。
「ふう…これで各方面への連絡は終わり、っと」
中指の先で、ぽん、とエンターキーを押す。やはり平板無段のキーボードに大きさとしては中程度のモニタ。あまり大きくないのは彼の前には合計5枚のモニタが並んでいるからである。ジルバの座った椅子の脚にはキャスターが付いているので、そのまま滑って各モニタの前へと移動できるようになってたりする。ここは惑星上であってマズルカたちのいる無重量空間ではないので、どれだけ滑って行ってもいつかは止まることになっている。…ただ、そんな横着なことしてるからいつまで経っても筋肉増えないんだ…と言われることもあるが、当人はあまり気にしていないようだ。相変わらずひょろっと細い骨と皮と申し訳程度の筋肉しかない体の持ち主ではある。さらに度の強い眼鏡までかけている、となればいかに肉体労働に向いてなさそうか分かるだろう、というものである。
目の前のモニタ内では鋭い電子音と共にいくつかのウィンドウが現れては消えていく。他の4枚のうち2枚は沈黙中…なのだが焼き付きを防ぐスクリーンセイバーだか何だかカラフルな線が数本、輪を描いて踊っていたりする。使っていないのはたしかなようで、彼の目も3枚にしか向いていないようだ。
「サルサ、軌道管理局からの正式認定の連絡は？」
『まだありません、もう一度同じ内容で再送してみますか？』
「そこまでは…いいか、別にしなくても。第二衛星のステーションからは…」
『こちらもまだ届いていません』
「だよなあ、こっちはこんなに早く着くわけないか…」
しゃべりながらキーボードを打つ手を休めない。
彼がいるのは惑星上のビルの一室の、小さな事務所。看板には『ビートエクスプレス』と刻んである。…立地としては普通の企業の普通のオフィスと言えなくもないだろう。そこそこの都市でそこそこにビルがあるならこれくらいの事務所は掃いて捨てるくらいにあるはず。会社というのもその形態は千差万別だからこういう風に痩せた男が一人でキーボードに向かって何やらしゃべっている…それでもきちんと回る会社だってあるだろう。
ただしここが他と決定的に違うところがある。まず事務所のほとんどを倉庫として使っていること。そしてこのビルを含むここら一帯のビルが隣接している施設である。…見た目は大きな煙突のようにも見えるが、天高くそびえるそれは伝説にある神へ挑んだ無謀の象徴のようにも見える。だが、これは未完成のまま放っておかれる羽目になった塔ではない。それでも天に届く、という目的は十分に達することのできた塔なのである。
その名称は『軌道エレベータ』という。ここ、地上から軌道までを結ぶエレベータなのである。
このビルが隣接している基底部にその入り口がある。そこから乗り込めばほんのわずかな時間で軌道上のターミナルポイントへ到達することができる。ターミナルポイントにはステーションへの連絡シャトルが常駐しているので、そこから軌道ステーションに向かうことが可能なのである。今現在、最も速く軌道上へ上ろうとするならこの『軌道エレベータ』を使った方がいいだろう。燃料代などコストの面でも今時はあまり流行らない打ち上げ式や、それでもまだまだ主流の高高度切り離し式よりもはるかに安くつくのである。
軌道エレベータと言っても普通のビルにあるようなエレベータが設置してあって目的の階に着いたら「ポ〜ン」とか鳴ってドアが開く、という代物ではもちろんない。簡単に言えば軌道上のターミナルポイントと、ここ基底部を太いロープで結ぶ。そのロープを伝って行き来する…というやり方なのである。ロープ、と言うよりもぶっといワイヤの塊とでも呼んだ方がいいのかも知れない。通常のエレベータで言うところのゴンドラ（つまりは人が乗るハコ）は数々の部品でもってロープに固定されてあるし、ロープそのものにも柔軟性があって衝撃にも強い。
ある程度の人員や物資はこれで軌道上へと運ぶのが最近では当たり前になりつつある。こことは別に3ヶ所の軌道エレベータもすでに稼動している。…ただし…当たり前だがこれはゴンドラより大きな物を積むことはできない。さらに一度起動してしまえば別の人員や物資を軌道上へ運ぶことも惑星上へと下ろすこともできない。ここには一基しかないからである。
