実はタイニィビート号はマズルカ達のところへ来てそれほど年月は経っていない。扱いは新古品というやつで、機体は製造されてから売れずに放置されていたのをジルバが買ってきた。エンジンだけは最新のものに換装したのである。
だからこんなにゴミがたまるわけはないのだが…。
「何をどうやったらこんなにたまるんです」
「やだー…やめてえ…それ、大事なものなんだからあ…」
大量の（とは言っても重いわけはない）がらくたをCブロックへ粛々と運ぶエイブラ。その足元にまとわりつくマズルカ。邪魔でしょうがないのではあるが…やはりこれも重くはないので無視することもできる。例えばここでエイブラがどこかの砂浜の男女の如くマズルカを足蹴にしたらどうなるか。マズルカの体が蹴られた方向へただ吹っ飛ぶだけである。無重量ではお互いの体格はさほど意味を持たない。明らかに軽量級のエイブラでも軽く吹っ飛ばせるのである。
ただし。エイブラもマズルカが吹っ飛んだのとは反対方向の力を受けることになる。その辺の力の逃がし方が重要だったりもする。
エイブラの「おかたづけ」が終了したのはそれからどれくらい経った頃だろうか。
コクピットの船長席に半泣き状態でずどどん、と落ち込んだ顔のマズルカ。そして操縦士席にエイブラ、と揃ったのはそれほど時間が経ったとは思えない頃である。こういう掃除や片付けのコツを心得ているのかも知れない、この娘は。
「あー…あー…」
「いつまでこだわってるんですか。今日の予定はまだまだ詰まってるんですよ」
と、言いながら自分は何やらコンソールに打ち込んでいる…。
「何やってんのよ」
「あのファイルを開いてみようと思いまして」
『…あの不審なファイルか…』
例の観光用？らしいファイルを展開した後、新たに作成されたファイルのことである。
「ポルカ様の方で何か分かりまして？」
『正直なところ、いじりようがないのだ。恐らくファイルを開いてもまた似たようなファイルが出てくるのでは…という予想くらいはできるのだがな。あるいは…最初の一つが星間観光の地図だったからな、もしかしたら今回のファイルにも何か添付されてくるかも知れん、のだが』
「分かりませんですわね」
『うむ。分からん』
「…何の話よ」
お。復活した。切り替えは早い方なのだ、マズルカは。
「多分ですけど。一つ解いたらまた次が出てくる…とそういう仕組みになってるってことですわ」
「そりゃ分かるけど」
『次に何が出てくるか予想していた、というわけだ』
「でも分かんないんでしょ？」
『…まあ…そういうことになるな』
「じゃあ考えるだけムダね。ちゃっちゃと開いてみせてよ。その方が早いんじゃないの？」
「まあ…お姐さまにしてはなんと建設的なご意見…」
「何よ、その未知の石像でも見るみたいな目は。できるんでしょ？ こういうの得意なんでしょ？」
いいかげんなマズルカの言葉ではあるが。それを聞くと、ふとキーボードをいじる手を休めてしまうエイブラ。
「…前のはうまく行ったんですけど…今回のはちょっと…」
操縦士席にあるキーボードはもちろん機長席のと同じものである。しかしマズルカにはとてもあんな動きは無理だろう…という具合に激しく華麗に動いていたエイブラの指が今は止まっている。この娘にしては珍しく眉の両端が八の字に下がっている。困っているのだろう。
「暗号式そのものはそれほど難しいものではないのですのよ。でも…」
『そうか。桁数か』
「はい。前のとはそれこそケタが違うのですわ。これではちょっと、いや大分時間がかかってしまいます…」
「ふーん。そんなもんかね」
機長席で両手を頭の後ろへやったまま。足は固いシートの上であぐらなんぞかいている。目はどこを見るでもなく…半分くらい閉じている。なんだか鼻でもほじりそうなほど脱力しているマズルカではある。…もちろんステーションに到着したり出発したりする時以外はこういう風にシートになんぞ着かなくてもいいのである。ただ、コンソールがここにあってエイブラが操縦士席に着いているから彼女も機長席に着いている、というだけに過ぎない。
もっともコンソールのキーボードにしたって無線でやりとりできる脱着式で、船のどこへ持って行ってもいいように作られてあるのだが。こういう装備はこういう船では当たり前の装備でもある。上下左右があまり意味を持たない無重量空間ではどんな状態で作業する羽目になるか分かったものではないのだから。
