「え？ 何ですって？ お姐さま、もう一度おっしゃって？」
くるり、と再び側転のような回転で操縦士席に収まるエイブラ。
「あたしがやってみようかって言ったの」
「へええええ…お姐さまが？ へえええ…」
「何よ。あたしだってただ見てただけじゃないんだからね」
宇宙機に乗る、宇宙機を操縦できる、ということはそれなりにこっち系、つまりコンピュータの知識も必要なのである。こういうのは当然だが資格試験があってそれに通らないと合格できない。惑星規模で統一された試験があって筆記と実技で合否が決まる。内容はもちろん宇宙機の構造や操縦技術が主だが、中にはこういった電子系の設問や実技だってあるのである。しかも全分野である程度の成績が要求されるから、マズルカがこうやって宇宙機に乗っていられるということは基本程度の知識は備えている、ということになる。
まあ、宇宙機の免許は一度取ったら数年に一度の更新さえクリアすれば問題ないのだが。最初の試験の内容など覚えていなくても運用に問題なければ忘れてしまうことだってあるのだが。
なお、免許にはカテゴリがあってマズルカのは貨物運搬専用カテゴリC、つまり小型の貨物専用ということになる。貨物運搬船はそうでもないが、旅客船になるとメーカーによって免許が違ったりするのでなかなかややこしかったりする。軍用船になるとさらにややこしさが増して試験内容の守秘義務なんてのもついて回ったりもする。
その辺はともかくとして。マズルカだって一通りの知識はあるはず…なのだが。
まるで下等生物でも蔑むような目つきのエイブラ。
「…なんか信用できませんけど」
信用できないと言うより何されるか分からん、とそっちが心配なのかも知れない。ヘタにいじくって復旧不可能なところまでシステム破壊、とかそんなことになったら困るのは多分彼女だろう。
「え？ あんだって？」
「…信用できない、って言ったのですわ」
そう言われてもどこ吹く風、といった表情のマズルカ。それを見てやれやれ、と浅く首を振るエイブラ。…しかしポルカはまた違う意見のようだ。
『一回やらせてみるか。何か考えがあるのかも知れん…』
「ポルカ様…」
『どの道このままではジリ貧だ。異常なことをされないように我々が見張っていれば問題ないだろう』
「ふふふ。んじゃあ、ちっと実力見せますか」
意味もなく左手の指の関節を右親指で押したりひねったりしている。どうやら『指をパキポキ』というのをやりたいらしいのだが、地上でだってそんな芸当できない彼女なのである。無論音も何も全くしないので意味不明な動作以外何物でもない。
「…ふう…ったく…」
「まあ、見ててよ。…これがそのファイルね…へへん、展開っと…おおっとここでパスワード入力…ふむふむ？」
ちょろっとコンソールに指を走らせてみる。しかし入力しかけたのを消して、それからあごに指をあてて考える。
「ふむう…」
「いちいち実況なさらないでも結構ですわ」
「…ポルカ、さっきなんか見つけてたじゃない。13桁がどうって」
『これか』
エディターを起動させる。メインモニタに別窓が開いてあの文字列が一気に並ぶ。
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「うん。これこれ。じゃあ…入力してみよっか」
「あの…お姐さま…私たちがさっきまで何やってたか、ご存知なんでしょ？」
「だからあ」
ぴ、と別窓に示されている文字列を指して…左から右へとゆっくりなぞる。そして操縦士席のエイブラに向かってにまっと笑って見せる。何やら自信はあるようだが、世の中には根拠のない自信というのも存在しているので要注意ではある。
「これをそのまま入力してみるの。さっきまで入力してたのはいじくり倒したやつでしょ？ ソースコードの順番通り、上からそのままって入力してみた？」
「あ…」
エイブラが操縦士席のコンソールに向かう。その勢いはこれまでに見たこともないほどのスピードだったりする。…そして安堵とも疲労とも期待ともつかない表情で機長席のマズルカを見る。
「解け…ました。信じらんない…」
「だしょー？ ほらあたしの言った通りだった」
『偶然というやつだな。こういうことも、まあ、あるんだろう』
しれっと切り捨てるポルカだが無論、マズルカに気にする様子はない。
