『そうだな…私も完全に理解できたわけではない。恐らく、という範囲なのだが』
「ふむふむ」
『どうも何かの病気について記してあるらしい。どんな病気か、までは書かれていない。しかしその病気の感染経路についての考察らしいのだ、この論文は』
…と、やや歯切れ悪く説明したポルカだったのだが。
「何それ？ 病気って何よ？ カンセンケーロ？ 何がどうなってんのよ？」
「ポルカ様、もうちょっと分かりやすい説明ってありません？」
どうにもよく理解できなかったらしい。まあ…たしかにこんな説明ではよく分からない。
『うーむ…私にもそれ以上は何が何だかさっぱりなのだ。だからこれ以上説明とは言ってもな…』
恐らくポルカをもってしてもその知識の範囲外、守備範囲を大きく超えた内容の論文なのだろう。ポルカ自身に現在まで蓄積されてきた知識・情報しか今は持っていないのである。
ポルカはやろうと思えば惑星上から第一衛星、そして第二衛星までも完全にカバーしているコンピュータ・ネットワーク上で「調べ物」をすることもできる。何か理解不能なことがあれば即座に検索してそれなりの情報を瞬時に得ることができる（妹分のサルサにも可能なことは言うまでもない）。…ただ、通信回線を介しているこのネットワークシステム、タイニィビート号のように惑星衛星間航路にいる場合はちょっと、いやかなり「調べ物」が難しくなる傾向にある。言ってみれば距離の問題ということになるだろうか。例のつっかえつっかえしながら通信状態と同じことがネットワークへの接続にも起きてしまうのである。
光より速いモノはこの世には存在しない。従って光の速さでも数分かかる惑星衛星間航路からの通信もそれ以上のスピードは出ない。これは技術的な問題ではなく概念的な問題でもある。
こちらから惑星の軌道上にある中継ポイントまで接続すること自体には何の問題もない。しかしそこからのレスポンス、つまり「送信」してから「返信」を受けること（惑星上や軌道上なら瞬時に行なわれ、体感することもない）は相当に時間を使うものとなる。これは実行者が非常にストレスを感じることになるのはもちろん、実務上としても問題あることになる。即応性が求められる現場（そうでない現場、というのはあまり存在しないだろう…）で待ち時間込みで考えなければならない、というのはあまり効率良い話ではない。
これが惑星の軌道上とか第一衛星の軌道上なら全然問題ない。あまり発達していない第二衛星の軌道上でも、高性能の根幹サーバーを軌道上のとあるポイントに設置してあるためさほど問題はない。このサーバーは惑星上に複数台設置してある高性能サーバー群と常に同期リンクしている。もちろんここでも距離の問題は起きてしまうのだが…それが数分遅れの情報であっても接続元からすれば瞬時に接続できて即座に情報を取り出せるのである。よほどの事情がない限り不便とは感じないだろう。
つまりはポルカをもってしてもこれ以上の詳しい情報は手に入らない…いや、正確には手に入れるには時間がかかる、ということになる。
『サルサにも一応送信しておくか。ジルバにも報告しないといけないだろうしな』
定期連絡（ただしデータ通信）を取り合っているとは言え定期外では反応が遅れることも予想される。
『しかしサルサが何かで手が一杯の場合はさらに返信が遅くなる可能性はある、な…』
「でもま、とりあえずは送っておかないとまたジルバに怒られちゃう」
最初に送り付けられたデータの件も、実はあの後でさんざん文句言われたマズルカなのである。
まあ、こんな風にくっちゃべってるヒマがあるならさっさと通信しろ、という声もあるにはある。が、もっと他の方法を考えてみても良いのではないだろうか…？
例えば。
「誰かに聞いてみよっか…？」
「誰かって…」
タイニィビート号にいるのはマズルカとエイブラ、そしてポルカだけである。
「ここにいる誰かってわけじゃないわよ。通信がほぼ同期できるラインに宇宙機が三機もいるんだし」
『ふむ…一つの手だな』
「そうね…とりあえず…ケリー？」
ホープフルの女性操縦士である。今、近くを飛んでいるホープフル11号の機長はルークとなっている。航海ごとに機長と操縦士を変える場合もあるし、前と同じメンツで飛ぶ場合もある。たしかにケリーなら頼りにはなりそうではあるのだが。
「あ。でもなー…こんなことまで知ってるかどうか」
『相当に専門的な内容だからな』
「セラさんはどうです？ 色々と知っていそうですけど」
「そうねー…その辺りが順当かな。うし。ちょっち連絡してみる」
カルスのチーム・フランカー。そこで航行技術士をしている女性である。なお、今回のカルスの編成では機長も兼ねている。あのメンツではセラでないとまとめきれない、ということなのかも知れない。
