『ごめんなさい。わたしにも何が何だかさっぱり…本当にごめんなさい』
マズルカ・エイブラ・ポルカ、と順に説明していったのだが（順に分かりやすくなって行ったのは言うまでもない）。実際にファイルもコピーをあっちへ送ってみたりもしたのだが。メインモニタの奥でちょこん、と体を丸めて浮いている華奢な印象を受ける小柄な女性は曖昧な笑みを顔に張り付かせたままだったりする。
「そっか…ごめんね。業務中だってのに」
時間的に今はカルスとのおしゃべりタイムではないのである。が、両手を前に突き出して、ぶんぶんと首を横に振るセラ。はずみで体が横回転してしまう。
『いえ、そういう意味ではないの。通信は大歓迎だし、こういう相談だって無駄ではないの。ただ…』
ふう、と画面の向こうではため息をついて指を頬に当てたりしている。困っているのだろう。
『なんとなく、なんとなくだけれどね。予想のできるポイントはいくつかあるのだけれど…それが何を意味しているかはまでは分からないの。どう説明したらいいかしら…怪しいがあるところまでは分かるのだけれど、それが何を意味しているかが分からない、ってとこかしら…？』
「「『………』」」
タイニィビート号の三人もそれでなんとなく納得できた。そりゃ、あんなわけ分からん画像やら論文である。即座に理解できる方が少数派だろう。
「はあ…セラでも無理かあ…」
機長席付近の上空で、ううむ、と伸びをするマズルカ。エイブラは操縦士席にしがみつきながら何度かうなずいている。
「怪しいって…どういうところですか？ どんなことが予想できるのですか？」
『そうね…論文の方は本当にちんぷんかんぷんなのだけれど』
曖昧、と言うより明らかに拒否反応を隠している表情になる。それでもタイニィビートから送られてきた資料に目を通し直しているらしい。
『…こういう学術論文ってね…基本的に読む側を考えてないからややこしいのよね…前提にしてる事象が専門的すぎて分からないっつーに、ったく何よカラドリエ効果ってンなもん簡単に分かるくらいならこんなとこでこんな仕事してないわよってどうせ私もそんなに頭良くなかったけどだからってこんなどこの国の言葉だか分からないもんはね…』
論文を目で追いながらだからモニタの向こうの彼女の視線は当然下を向いている。そのため表情を読み取ることは非常に難しい。
「あ、あの…」
しかしなんだかどうにも険悪な表情になってることくらいは予想がつく。
『ふふ…何もかもなかったことにしちゃおうかしら…うふふ…』
セラ・ルージ。
年齢的にはマズルカよりも大分下になるらしい。小柄でいつも人懐っこく明るい笑顔を絶やさないため密かなファンも多いと言う。さらにその知識の豊富さは軌道上でもよく知られていて、何かと頼りにされている存在でもある。含蓄のある言葉をよく口にすることでも知られているのだが。
…そう言やミヒャエルが前に言ってたっけ。
いつもバカなことばかり言ってる映画オタクのミヒャエル・ガンダ・トンプソンと、あまりしゃべらないが存在感のあるアリ・アフシ・ミ・ジャールはコンビを組むことが多いらしい。ミヒャエルは操縦士でアリは副操縦士である。二人がかりでないと動かせない機種の時は重宝するのだが…そういう時でも機長は別に立てることが多い。そしてセラが機長になることも今回のようにままあるのだが…。
『怖いんだよ、あいつ』
何かのおしゃべりタイムの時にぼそっとつぶいやいたのだった。
「なんで？ かわいいコじゃない」
『かわいいとかそういう問題じゃねえよ。…怖いんだよ』
「…なんかあったの？」
『ちょっと前にな、飲料水タンクに酢入れたことがあるんだ』
「…さらっと怖いこと言うわね」
『軽いジョークさ。量も大したことないし、軌道上でステーション間輸送業務だし、向こう着いたらタンクは洗浄に回すし』
「いや、でも、さすがにそりゃあ…」
『うん。もうやらねえよ。…セラがな、その水飲んじまってな、で…』
なんだか『怖い』の意味が分かるような気がしてきたマズルカだった。
…普段大人しいけどキレたら怖いってか。
「あ、あの…セラ…さん？」
さすがのエイブラもためいらいがちに声をかける…。
『あ？』
いつもの鈴を転がすような明るい声ではない。明らかにドス黒い何か…押さえ込まれていた負の感情があふれだそうと出口を求めてその闇の黒い波が不気味にうねる…。
…あちゃ…こりゃドツボ踏んじまったかな…。
