キャビンの操縦士席に、エイブラ一人。ポルカは例の機長席の筒に収まっているが、反応がない。例の騒ぎの収拾で手一杯なのだ。すでに実作業でできることはない。後はポルカによる電子的な作業で片がつくはずである。
そのエイブラはコンソールにしがみつくような格好で顔寄せたり離したり。モニタに向かって大きくため息をついて見せたりしている。
「はあ…もうやってられませんわ」
『まあ、マジーならそういうこと平気でやりかねないけどね』
時間的にはもう「夜」ということになっている。もちろん惑星上の時間帯に合わせてある時計がそういう時刻になっているだけ、というのはすでにご存知だろう。窓から外を見てみればそこは変わらず漆黒の空間が常に広がっている。そこには昼も夜もあったものではない。
ところで。マズルカとポルカだけの時は結構アバウトにやってたらしい「交代勤務」というのがある。何せポルカには休息時間が必要ではない。マズルカがてきとーな時間に就寝して、これまたてきとーな時間に起きても問題はなかったのである。何かあればポルカが船内スピーカー（特にマズルカの居室の）を総動員して彼女を叩き起こす。…まあ、そんな事態は今までほとんど起きていないのだが。そもそもそんな起こし方してもあのマズルカが素直に飛び起きてくるとは思えない。
しかしエイブラという未確認かつ不確定ながらも乗員が一人増えてくるとまた話が違ってくる。どうせなら乗員が交代で業務しようか…という話になってきたのである。そうすればポルカが無駄な労力を使って寝ぼけ眼の乗員の相手をすることも少なくなる。
これはポルカがエイブラをそれだけ信用してきている、ということも大きいだろう。まだ一日ほどではあるがマズルカよりも「使える」と感じたらしい。
『で？ 当のお姫様は今睡眠中なわけね？』
モニタの向こうで両手を合わせて頬に寄せ、軽く首を傾げて「おやすみ」のポーズを取って見せているのはホープフルのケリーである。今は手の空いた連中がちょっと集まる「おしゃべりタイム」…とは言っても通常はこんな風に二つの船の間でのみのやり取りなのである。エイブラの密航が発覚した時のようにそこらの船の乗員が全部モニタの前に集まって回線がフルオープン…なんてのはやはり緊急事態の時だけになる。
「ええ。なんとか」
当たり前だが「交代勤務」に反対したのはマズルカである。なぜか、と言えば…
『散々ぐずったんじゃないの？ 好きな時に寝れなくなるから』
「はあ…」
それで仕方なく二人が寝る予定の時間帯を決めておいて、なるべくその時間帯に沿うよう努力はしよう…という曖昧なところに落ち着いたのである。マズルカでも守れるように程度の余裕を持たせる。つまり、いつ眠りに行ってもいいが必ずポルカかエイブラに断ること。一日の総睡眠時間を制限する…ということで。
「これでも大幅な譲歩ですのよ」
『…マジーの立場、今は相当に悪いでしょうねえ…あんなことしたら』
その割に目と口が笑っているケリーである。
「それでも悪びれないのがお姐さまですけど」
『言えてるわね。そのうちまたなんかやらかしそうだし』
マズルカとの付き合いも古い彼女だから、もしかしたら過去にも同じようなことがあったのかも知れない。で、その時に理解したのだろう。言っても聞かない奴に何言ってもムダだ、と。
「ポルカ様もいい機会だから、今のうちに仕付けておこうって」
筒のポルカが一瞬だけ光ったような…いやしかしいつもの濃い緑色の腕輪である。
『仕付けるってのはいいわね。…うちもそうしようかしらん？ ああ、でもちょっと無理ね。ルークってばそういうとこ結構きちんとしてるから。交代時間に一秒だって遅れたことないのよ。かえって私が起こされちゃう』
「あらら」
『意外なとこだと…ミヒャエルが時間にルーズらしいのよね』
「映画の開始時刻には遅刻しないんじゃないですか？」
『はは、そりゃそうでしょうね。…でもねえ、あそこはセラがそういうとこ厳しいからね。ミヒャエルもそうそう寝てられないらしいわ。しかもアリも時間に厳しいしね』
『そう言えば…あれはどうなったの？ あの変なパズル』
「それが…この騒動であまり進んでいませんの」
『へえ…でもあの変な植物だっけ？ 虫だっけ？ なんか宇宙機に似てるわよね？』
「ええっと…？」
何がどう似ているというのだろうか…？ 一応簡単な資料と言うか流れ的なところはホープフルにも転送してあるのだ。何か、どんな小さなことでもいいから気付いたら教えてくれ、と。モニタ内のケリーの手には電子作業用の端末…両手で持つにはちょうどいいほどの黒い板…がある。そのモニタ上には転送された資料が表示されてあるのだろう。
『ほら。ぐるぐる回ってさ。どっちも閉じた輪っかの中で回ってるじゃない？』
