「クローズドサークル…」
『何か言った？』
「closed circle…ですわ」
クローズドサークル。閉じた輪っか。こういう宇宙機では当たり前な考え方である。そもそも惑星も一つの大きな閉じた輪の中にある…という考え方もあるのだが、惑星外からの影響が全くのゼロということはあり得ないので厳密な意味では惑星上でだってclosed circle ではあり得ない。『閉じた宇宙船』とかそういう言い方をされることもあるが、だったら太陽光や衛星の引力の影響も考慮から外さないと『閉じた』ことにはならない。
まあ、そういうこと言い出したら宇宙機だって様々な影響を受けているのだから、こっちも厳密な意味では『閉じて』ないのではあるが。
概念や考え方としては『閉じて』いるとすることもできるのである。外、つまりは外宇宙などからの影響はほとんど無視していいレベルなのだし。
このタイニィビート号のような惑星衛星間を往還するような宇宙機ではこの考え方は非常に重要となる。よそからの補給がほぼ完全に期待できない（物理的に不可能ではない。速度を完璧に同調させて相手に向かって物資を放り投げて、それをキャッチできればいい。…ただ、そんなバクチみたいなこと誰もやらないだけである。効率も悪いし）状態だから出発の時にきちんと物資を確保しておく必要がある。マズルカが食糧のことで珍しく悩んでいたが、あれはあれで必要な悩みなのである。逆にあそこで気にしなかったら軌道上での経験もまだまだだな、という言い方もできる。ああ見えてそれなりに経験は積んでいるのである、彼女は。
「そうか…そうですわ…でも…」
『何何？ なんか思いついたの？』
「ええ。恐らく一連のムシやら病気やらはクローズドサークルを示唆していると思われますの。お互いがお互いに影響しあいながらお互いを必要としている」
『へえ…なんかすごいわね。で？』
「しかし…うーん…」
『どうかしたの？』
「これは一体何を意味しているんでしょうか…？」
…そう言われてみれば、たしかにそうである。クローズドサークルがヒントになっているのは間違いなさそうなのである。しかしそれが一体何をどう解答へと導いてくれるのだろうか。
「うーん…」
右手でコンソールの端をつかんで、左手だけを器用に組んで見せたりして。別にそんなことしなくてもいいのだが、雰囲気というやつだろうか。これが惑星上なら両腕を組んで見せているのだろう。
『ねえ』
ケリーもしばし考えていたのだが。ふ、と意味ありげな笑みを浮かべたりしている。
『closedcircle って文字数は合ってるんじゃないの？ あのアスタリスク＊と？』
言われてメインモニタに映し出してみる。1、2、3…並んでいるのは12である。
「あ」
そのままコンソールを操作して入力モードへ。文字を入力してみる…。
意外なほどにあっけなく。カギ付きのアイコンが割れるグラフィックが映し出される。そして…やはりもう一個別の同じような鍵付きアイコンが生み出される。ぽん、という音声ファイルを再生させるという芸の細かさ。そしてもちろんそれとは別にテキストファイルも添付されているようである。またぞろこれを解け、というのであろうか。
「うえ…またですの？」
エイブラでなくともうんざりしてくるだろう、これでは。一体いくつ解けばいいのだろうか…？
その頃の惑星上。
ジルバはまだシードレ郡の警察署の一室にいたりする。実はついさっきまで件の三人の警察官…というよりも技術者だろうか。彼らからの説明を聞いていたのだった。
「それは…本当の話ですか？」
もちろん彼は手元のコンピュータ端末をどこかへやることはない。これのスイッチが入っている限りサルサの音声及び映像認識端末も生きているから彼女も同じ話を聞いたことになる。
ただし。それをどう理解するか。ジルバにも到底信じがたい話だったのだ…それは。ジルバもどう判断していいか、まだちょっと迷っている。サルサは…それをどう判断するのか。やはり分からない。
