「『FFxx-000』…FF…フォルスフォーマ…？」
「さすがですね。普通の人ならそこまでは分かりませんわ」
それからちょっとした講義のようなものが始まってしまった。太っちょのボブ氏と理知的に見えるアンヘラ女史は相当に詳しくこの事柄について知っているようだが、新米らしいピート君はまだどうにも理解できていない部分があるようなのである。が、ジルバはもちろんそういうことも十二分に知っているので、ここではなるべく要点だけ記すとしよう。でないとピート君が完全に理解するまで待っていたらとんでもないほどの時間がかかってしまいそうだ。
形式番号の略し方は前にも記した通りで、軌道上でマズルカ達がお世話になったベルファの番号『Amf01-001-007-BELLFA』で言うなら『製造した企業名の頭文字・ミメット・性別・企業内での通し番号-魂ナンバー-全体での通し番号-通称』となる。
しかし先ほど提示された『FFxx-000』は…どういう意味になるのだろうか…？
「Fはフォルスフォーマで次のFは女性型を表します」
「その次のxxは…まさか…」
「試作品ですね。企業内での通し番号が存在しない商品ということになります。そして…魂ナンバー。現在で言うところのミメットが製造され始めた頃にはこういう表記だったそうです」
科学の話ではなく、歴史の話である。…やはりピート君は目を白黒させたりしている。ちょっと、付いて来れていないようではある…。
「現代ではミメットを製造している会社はたくさんありますから、どこの会社で生まれたのか、と言ったデータはすぐに手に入ります」
「しかしアレに関してはそういう詳細ですらはっきりしていません。…この資料によれば」
ピート君が出してきた資料の…1ページを指すアンヘラ。
「アリスターカンパニー内部の極秘試作品だったのではないか、とされています」
ありそうな話ではある。xxがついている試作品ならよそへ漏らすのが好ましくない可能性は非常に高い。
「ですが、それすらも確証がない。他には生命工学者が試しに肉体だけ作ってみたところ、勝手に動き出したのであわてて知り合いの機械工学者を呼んでかりそめの魂を入れてもらった…というおとぎ話めいたものまであります」
それはいくらなんでも…とジルバは思ったが、ボブの目は真剣である。そういう話がたくさん残っている存在なのだろう。しかし明確に「コレ」というのがない存在でもあるのだろう、エイブラは。
ふと、ジルバは思ったりする。この人たちは警察なんだよなあ…。
「逮捕とかそんなんじゃあ…」
現在、ミメットと言えど法律に背くことはできない。ただし、ミメットが自分の意思（定義がやや難しいが…）で法を犯すことはほとんど不可能なのである。生体部品を多く使ってはいるが人間の脳にあたる器官はカンタンに言ってしまえばコンピュータである（ただし電子部品などは一切使っていない生体コンピュータである）。そこへ「やってはいけないこと」として法律を乗せてしまえば実行に移せなくなる。
…そのため違法に改造して犯罪に加担させたりするケースもあるにはあるのだが。エイブラだって今は軌道交通法に違反している、と言われれば違反しているのだから、罪にはなるのだが…？
「罪状がはっきりしませんわ」
「え。でも軌交法違反じゃあ…」
密航、というケースは今までなかったものだから正確な量刑までは分からない。しかし整備不良や無許可駐機などでもそれなりの罰金になるのである。もちろん悪質な違反には懲役刑もある。
しかし。アンヘラはゆっくりと首を横に振る。
「現在、担当部署の捜査官が協議している真っ最中なのです。第二衛星に着く頃にははっきりしているでしょう」
要するに自分たちの担当ではないらしい。いかにもお役所っぽい処置ではあるが、まあ、そんなものだろう。
「じゃあ、なんでそこまでしてあのエイブラを追うんですか？」
「それは…」
ボブが懐から警官の身分証となるバッジと手帳を取り出す。そして手のひらほどもある手帳の…中ほどにファイルページがある。そこから小さく折り畳まれた一片の紙を探し出す。
「これを。コピーなのですが。原本は署で厳重に保管してあります」
そっとジルバは開いてみた。コピーなので紙質はそこらの紙とそう変わりはない。が、書かれてある内容は非常に古めかしく見える。字体も文章も非常に古いものである。原本とやらは歴史的に貴重なものなのではないだろうか。
内容は…『捜索願』
エイブラという研究素材を探してくれ…というものだったのである。
