マズルカ・マズルカ The "1st" Day page 32

　…それだけで何百年も追ってるのか…この人たちは。
「あの」
「何です？」
　くるくるっと目を動かすアンヘラ。
「普通、こういうのって何年かで見つからなかったらそれで捜査打ち切り、とかそういうものじゃないんですか…？」
「シードレ郡では特に期限は設けておりません。捜索願を提出された方が取り下げない限りですが」
　これもお役所っぽいドライな言い方ではある。たしかにいつまで、というのが決まっていなければ、こうやってとんでもないほどの年数が経ってしまっても探し続けないといけないことになってしまう。
　…いや、どうだろうなあ…。
　軽微な、と言うと失礼になるかも知れない。しかし社会通念上さほど重要とされなかったりするような事例に関しては結果、事実上の捜査終了とされてしまうことだってあるんじゃないのだろうか…？　しかもエイブラは「ヒト」ではないのだ。そこまで執拗に追いかける必要があるのだろうか。しかも…この三人は明らかに外見が普通の警官ではない（身分的には警官ということになっているようだが）。専従の捜査班、というわけでもないようである。どちらかと言うと研究者のように見える。警察の捜索願があって探している、と言うより研究機関が研究のために派遣してきた、と言われた方がまだしっくりくる。
　…まだ何かあるってことかな。
　ちょっとした違和感。メンテさえしっかりしていればほぼ永遠に活動できるミメットだから、たしかにこうやって何百年でも追うことはできるのではあるが…。

「そういうわけで我々がアレを追っている理由についてはご理解頂けましたかな？」
　そう言われればうなずくしかないジルバではある。それに、ここでどうこう言っても始まらないだろう。
「では話を戻しましょう。『FFxx-000』なのですが…」
　…この表記法は後世にまで続くことはなかった。それまでもいくつか有力な企業は存在していたのだが（ほとんどはベンチャー企業のようなもので、従業員数10人未満とかそんなものである。大企業が参入してくるようになるはるか昔なのだ）アリスターカンパニーというフォルスフォーマ製造請負会社が最初から全てそろっている商品を『ミメット』として売り出し…その名称が定着していくに連れ現在のような表記に改められたのである。
「アリスターカンパニー…意思転移を世界で初めて商業化した会社でもありますね」
「はい。今でも非常に困難な意思転移です。当時ではさらに成功は難しかったのではないでしょうか…」

　…ここでおさらいしておくと。『フォルスフォーマ』とは厳密には『偽のカタチ』とかそういう意味で、意味的にはポルカやサルサのように意思転移で作られた生命体だけではなくベルファやエイブラすらも広く含まれることになる。が、すでに魂を組み込まれ、外見上はヒトとそれほど変わらない擬似生命体が発売される時ついた商品名『ミメット』が、広く世間一般になじまれるようになった頃から使われなくなってしまった。今では歴史や技術の研究者くらいしか使っていないだろう。
　あまりいい意味ではないのである。実は。差別的…とまでは言わないが、「この人形め」みたいな軽蔑の意を強く含んでいる。フォルスフォーマが必ずしも人間の形をとっておらず、それでも社会的に進出し始めた頃でもある。やはり生理的に受け付けない人も多かったのではないだろうか。その後社会的にも馴染んできて、これではちょっとなあ、何か他に良い呼び方はないものか…という時にいいタイミングで現れたのが『ミメット』だったりするのである。

　なお、ベルファの番号のアタマにある『A』はこのアリスターカンパニーを意味していて、これは彼女が非常に古くから存在していることを意味している。『Amf01』…アリスターカンパニーで製造された女性型ミメット・社内生産01号なのだから。
　そのアリスターカンパニーはもう存在していない。同種の企業と合併して吸収されてしまったのだ。合併した企業も後に別のやはり同種の企業と合併したが、経営陣の意見の食い違いによる内部分裂で二つの企業に分割…片方は消滅、もう片方はさらに何度も別の企業と合併吸収されていく…という結末を辿ることになる。ノウハウや専門的な技術はきちんと後の複数の会社にも受け継がれているので、ベルファたち古くからいるミメットたちのメンテに関しては現代でも滞りなく行なわれている。さすがに数は少ないが、ベルファとほぼ同期のミメットというのも実はまだまだ現役だったりするのだ。
「そのアリスターカンパニーが捜索願を提出したのですか？」
「正確には…違うのですが、まあ、同じようなものでしょう。当時の技術開発顧問クレイ・カートマンという人物が個人的に警察に届け出た、とされています。もちろん、すでに亡くなっていますが」
　亡くなっていれば捜索願を取り下げるわけにもいかない。しかも個人的な申請ならなおのことではないだろうか。
「クレイ・カートマン…」
「何かご存知で？」
「いえ。何かどこかの文献で見た名前だな、と思っただけです。ミメット関連ならよく知られている人物ですよね」
「はい」

　…サルサはどう思うのかな。
　ふと、そんなことを思うジルバ。彼女もここでの会話を「聞いて」いるはずなのである。そこで何を思うのか…マズルカはともかくポルカにも知らせるべきかどうか、その辺のこともちょっと考えるジルバだった。