The "2nd" Day
そして二日目の朝。第二衛星へ向かう航路上。無論、「朝」とは惑星上の概念に過ぎないことは言うまでもない。
珍しく指定時刻より早く起きたマズルカはしかしいつものように昨夜（無論これも概念上の話）脱ぎ散らかして宙を漂ったままになっている衣服をのろのろと掴み…時々足を袖に突っ込みそうになりながらなんとか着ていく、という作業に入っていた。まあ、これもいつものことなのではある。時折寝ぼけてそのままキャビンに漂い出ていくことだってあるのだし。
時間制の交代制、という制度が曲りなりにも存在するようになってしまったのできちんと起きないとポルカにどんなことされるか分からん、ということにもなってきた。時間を過ぎても寝続けたら大音量の目覚まし音を鳴らし続けられる、とかそれくらいならまだいいのだが居室をロックしておいて温風やらリサイクル用の水やらを流し込まれる可能性だってある。タイニィビート号の全てのシステムはポルカが把握しているのである。これくらいのことはやりかねない。
実は昨晩寝棚に入ってから最初の交代時間の時に盛大に寝坊をやらかすところだったのである。ポルカの「船内目覚まし時計作戦」で大音量のベル音を流されたのでほんの少し遅刻しただけで済んだのだが。
「まあったく。だらしのないお姐さまですのね」
とエイブラに心底呆れ果てたような目で見られてしまったものだった。なお、エイブラのシフトは基本的にマズルカの穴を埋めるような形になっている。が、睡眠時間が少なくてもそれほど問題ないのか、結構長いこと起きてポルカと何かやってたりする。
ミメットは基本的に人間と同じように行動させることが多い。何か食べることもあるし、それを出すこともある。その辺は構成している体組織の影響も十分にあるのだが…ある程度なら都合のいいように調整することも可能なミメットも多かったりする。例えばあのベルファだが、アリスターカンパニーから出荷された当時は一日何時間かの「休息時間」つまり睡眠が必要だった。しかし昨今の厳しい状況からなかなかそういった時間を取れなくなり…一日数分程度の「休憩時間」と10日に一度の徹底メンテで問題がないように改良？されてしまった。
それでも何か食べる、という行動は残っていて食事の時間だけは開発当初と同様にキープされていたりする。新型になればなるほどそういう時間は短縮されている、というのが一般的な傾向ではある。最新型のミメットでは専用のカプセル一個を経口摂取するだけで10日ほども補給なしで活動できたりする。逆に古いタイプの方がそういう時間が必要になるものなのである。
エイブラもそういう部類なのか（彼女の場合はちと特殊なミメットなのだが）食べる時は食べたりするのである。
あれからジルバはマズルカとポルカにエイブラの秘密は知らせていない。警察署に泊まり込むほどのことでもなく、あれで例の三人と話して調書を取ってもらえばそれで終了、となるわけなのだったが。
「よろしければ、ですけど…これから私を事務所に連れて行ってもらえませんか？」
と、紅一点のアンヘラ・リーン・リドルがこんなことを言い出したのである。
「…捜査ですか？」
「まあ、そういうとこです」
しかしそれにしては微妙な笑顔だし一人ということは強制捜査とかそういうものではなさそうだ。任意での捜査要求なのだろうか。令状もないみたいだしなあ…断った方がいいかなあ…とジルバは漫然と思っていたのだが。
「正式な通達ではないのですが、依願という形での書類なら署長からあずかっているのですよ」
太っちょのボブ氏が新人のピート君のかばんから取り出させたは一通の手紙のような代物。形状からして正式な令状ではないようだし、本当に『お願い』程度のものらしい。…正式ではないのだから拒否しても問題ないだろう。しかし？
「ここまであのエイブラを追いつめてきたのですから、その現場に一人送り込みたい、と考えても不思議ではないでしょう？」
と言われると。書類も大体同じような内容が書いてある。警察っぽい、やや固めの文言が並んではいるがどうも署長の個人的な『お願い』になっているのは読めば分かる。
「分かりました…」
仕方ない、とジルバは了承することにしたのだった。何百年も追い続けてるのである。今は惑星衛星間航路上という一種の閉鎖空間にその対象が置かれてあって、いわば袋のネズミ状態。第二衛星に着いて身柄を拘束（そこまで重篤なものでもなさそうだが）できればこの永きに渡った任務を終わらせることができるのだ。
「でも二つ、約束してください」
いつも持ち歩いている携帯端末…サルサと繋がっている…を丁寧に胸ポケットにしまいながら立ち上がる。
「一つは僕の仕事のじゃまをしないこと」
「もちろんですわ」
一抱えはありそうなカバンへ資料や書類を手際よく詰め込んでいくアンヘラ。ボブ氏やピート君もそれぞれ片付けに入っている。説明用の資料だけでも膨大な量になってしまっていたのだ。
「そして…もう一つはあなた方の目的を僕以外にばらさないで欲しいのです」
「それは、つまり…そちらのスタッフに私のことを知られたくない、ということですか？」
「もちろんそれもありますけど、あのエイブラがミメットだ、ということを今航路上にいる連中に知られたくないのですよ。ああいう現場は非常にデリケートな場合が多いのです。余計な心配をさらに抱え込ませたくないのです」
