…だからポルカの様子もおかしかったのか。
きちんと操縦士席に座り（くどいようだが無重量空間ではあまり、どころかほとんど意味がない行為である。その辺で浮いていたって何の問題はないのである）真剣な面持ちでモニタを見つめている。その表情は正に仕事に誇りを持つ技術者のそれであり…やや前のめりにモニタに近づけた顔には一点の曇りすら見られない。
…修道女？
とかそんなことまでマズルカは思ってしまう。惑星上の概念で言うところの昨日、つまり8時間ほど前まではそれとは全く正反対の世俗の垢にまみれにまみれてどぎつい彼女を見ていたのであるし。アレがコレと同一、というのは…ちょっと、いや全然理解できそうもない。
「あのー…もし？」
人違いかな、とかアホなことまで考え始めていたのである、実は。どこでどうやって入れ替わったと言うのか。
「はい？ 何ですか？ お姐さま？」
心なしか声まで澄んで高くなって、背も低くなってるような…いやいや、明らかに気のせいのはずである。よく見てみれば顔のカタチやちょっとした動作などは昨日のエイブラとほとんど変わっていない…ような気がする。
「えっとね。んっとね。…昨日あたしが寝る前にさ、ポルカが計算お願いしてたアレ、もしかしてできてる？」
「もちろんですわ、お姐さま」
コンソールをその小さな指が走る。もともと背の高い方ではなかったエイブラではあるが。その性格からしてあんまり意識されてなかっただけなのである。だから、今のような性格になってしまうと逆にそういう「小ささ」とかを意識してしまうような気がする。なお、マズルカ本人は実は結構背が高い。宇宙飛行士の素質の一つに「体の小ささ」というのもある。体が小さい方が占有するスペースが少なくなるし、理論的には消費酸素や必要な水分の量も少なくていい。だから宇宙飛行士は小さい方がいい、というのは昔から言われていたことなのである。
しかし現在はあまりそういうことは言われていない。技術の進歩もあって、どの程度までの大きさならOKという決まりごとが明確になってきたからではないだろうか？ マズルカくらいの背の高さなら以前は敬遠されていたかも知れないが、今ではマズルカよりもはるかに大柄なホープフルのルークくらいのがごろごろしている業界になっているのだから。
もちろんそんな過去の事情は知るよしもないマズルカ。となり…とは言ってもマズルカは椅子へ頭を向けるような格好になっている。つまりはエイブラから見れば逆立ちしているようなものである。当然マズルカ自身も逆さまに見えているはずなのだが。
「うお…」
コンソールでの指運びがやけにキレイだなあ、とかそんなことを思っているらしい。「前の」エイブラの時にはついぞ思わなかったことである。いや、そういうことを思う、という発想がなかった、と言ってもいいだろう。
「…お姐さま？」
「何でもない、何でもない…続けて？」
シチュエーションを変えてみれば、ふとお屋敷に迷い込んだ素性の怪しい女性が深窓の令嬢が奏でるピアノに魅せられて、つい、近寄ってしまって…とかそんなのになりそうではある。ただし、現在怪しい女性とご令嬢は頭の向いてる方向が正反対だったりするのだが。
「こちらでよろしいですか？」
コンソールに並んだ文字列はエンジンの電装系の振り分け作業に関するものである。実際に現場（エンジンルームとか）で作業するわけではなくキャビンでコンソールに向いたまま作業を進めることになる。だからこそそういった知識が必要になるのではあるが…ちなみにマズルカは今までやったことはない。むしろポルカがやらせなかったのである。
「うーみゅ…？」
だからマズルカが見たって何が何だか分からんのである。ようやっと体を一回転させてモニタの正面を向くような体勢になって、わざとらしく腕を組んで見せたりしているが…どうせ理解はしていないのだろう。
「ポルカ？」
そんなわけでポルカに全部丸投げ。
『うむ。問題は…ない』
「わあ…良かったです、お役に立てて嬉しいです」
…待て待て待て待て。
そんな神々しいまでに無邪気な笑顔をされるとどういていいか分からなくなってきてるのが…1名、いや、2名。マズルカは再び頭を下にして回転を始めちまうしポルカはさっきまでと同様、言葉を発さなくなってきたし。
「どうしよ。ねえ…？」
『そ、そうだな。うむ…』
当のエイブラは二人？の困惑当惑など気にしてもいないのか今日の分の作業を開始していたりする。
『とりあえず…ジルバに情報を送信しておくとするか…』
