「あれを敬遠と言うか」
『そんなもんじゃないの？ 敬遠って言えば敬遠だし。無視って言えば無視だし』
「ま、よくあることなんだけどねー…」
珍しく？ちょっとさびしそうな顔で腕を組むマズルカ。明日は我が身かも知れない、というのはこの業界の誰もが持っている認識ではある。
「で？ シャンダハルのケートレック号がどうしたっての？ まさかあんなボロっちい船がこっちに船体ぶち当たるとかそんな警報でも出てんの？」
『まさか。本体は問題ないのよ、本体は』
なんかイヤな言い方だな。
『知っての通りケートレック号ってシャンダハル社が倒産寸前に原因不明の故障で大破して、倒産のごたごたで管理責任者がいない状態で惑星衛星航路上…あー厳密には違うわね。航路から外れてるから…その付近ってことになるのかしら？ とにかく空間上に放置されてた宇宙機ね』
惑星上からは遠く離れた惑星衛星航路上である。しかも第二衛星へ向かう航路は第一衛星行きほどには整備されていないから、二人の乗務員の安否が非常に気遣われた。惑星軌道上でこういう事故が起きた場合は、即座に救助船が駆けつけてくれるので問題はないのは以前にも述べた通り。軌道上に16あるステーションから常時出動可能な状態でスタンバイしているからだ。実は惑星軌道上というのはかなり過密なスケジュールで動いていたりするのでこういった事故や事件は相当数、起きている。
第一衛星にも軌道上に複数のステーションがあり、やはり同様の救助船がある。第二衛星の軌道上のステーションは…やや設備が劣るが救助船がないわけではない。問題は惑星と衛星を結ぶ航路上なのである。特に惑星第二衛星間航路。一応専門の高速救助船も用意はしてあって、このような緊急時には綿密な救助計画立てて急行するのだが、その時致命的な整備不良が見つかって全機が出動できない、という未曾有の事態に陥ってしまっていた（その影響で複数の運送会社や機体製造メーカーが倒産したが、それはまた別の話である）。別の救助船を仕立てるには時間がかかり過ぎる。そのため見殺しにしないといけないのか…と関係者を落胆させたほどだった。
しかしそんな事故は、あっけないほど簡単に解決された。同じ方向へ…つまり第二衛星へ向けて航行していた同業の宇宙機が二人の乗務員を救助したのである（そういう一種の暗黙の了解があるのは前にも述べたが、あまりにも教科書的？な解決に業界でも驚きの声が上がったものだった）。宇宙機には生存に必要な資器材を倍以上積むよう、軌交法では定められてある。もちろんギリギリのラインとなってしまうが生命保持に影響はない。このことはちょっとした心温まるニュースとなって惑星上でもしばらく取り上げられていたものだった。
が…いくら緊急の事態と言っても機体までは回収できない。宇宙機というのは実際にはかなりデリケートな代物であり、例えばケートレック号をワイヤで結んで引っ張る…とかそんなことしたら自機も相手も機体がもたなくなる。だからケートレック号はそのまま放置、ということになってしまったのだ。そして本社が倒産した、ということもあって注目度も下がり…回収の話すら出てこなくなってしまった。そのうち機体は惑星衛星航路を外れるように文字通り漂流し始め…このまま宇宙空間の深遠に呑みこまれてしまうのだろう、ということで一応決着？したのだ。
『…まさか…戻ってきたとでも言うのか』
『そのまさかよ』
予測や予想どころか漂流開始の頃に計算していればほぼ確実に分かっていた事態ではある。ただ、そんなこと誰もやらなかっただけである。そして…こういう事例はこれだけではないのも軌道上なのである。…何が起きるか分からん、ということだ。
『でもね、ちょっとかすめる程度なのかな…航路上を。でもやっぱり劣化がかなり激しいらしくて部品の一部がばらけて流れ出るかも知れない…というのがうちの本社から来た警報なの。つまり極小デブリのシャワーがあるかも知れないって』
言わずと知れているように「デブリ」とは軌道上などのいわゆる「宇宙空間」で発生した「ゴミ」…「宇宙ゴミ」のことである。ただし、そのほとんどは軌道上を漂っている。…漂っている、というのはあくまで等速で平行移動している宇宙機から見た時の話である。実際は方向なんか関係なく、しかし速度だけは衛星と同じにあちこちへ任意の方向へぶっ飛びまくっている。一度動き始めた物体は「何か」に邪魔されない限りその動きを止めることはない。惑星上ではささいなことでその「何か」が出てくるが、物理法則がより厳密に適用される軌道上ではその動きにはなかなか歯止めがかからない。
「何か」で速度が落ちれば惑星上へ「落下」していき…モノとしての質量や規模は微々たるものだから（ネジとかナット、とか判断できる部位ならまだいいのだが…ほとんどはオンボロ宇宙関連施設のどっかのなんかのかけらとか何かの拍子に飛び出した砂粒とか個々に判別なんか不可能）やがては燃え尽きてしまう。
もし。仮に何らかの事情で速度が上がれば未知なる空間へ旅立つこともできる。そうなればあんなやっかいなシロモノがどっかに行ってくれることになってみんなバンバンザイだが…何が何でどうやって速度を上げるのか、その辺が問題ではある。
「うへ。そりゃ…けんのんってやつ？」
ただし、惑星衛星航路上にはデブリは軌道上ほど多くない。そもそもデブリは全て惑星上から持ち込まれたものである。もちろん自然天然下、どっか外宇宙から来た隕石のかけら、とかそういうのがないわけではない。ただし、惑星由来のモノが多すぎる。そのため宇宙機の航行数がはるかに少ない惑星衛星航路上ではそれほど問題にはなっていない。むしろ小惑星が何らかの事情で爆砕したりしてできたかけら、とかそういうのの方が運航の妨げになることが多い。
『剣呑は剣呑だな。…しかしよくこっちの航路上と一致したな』
「ラッキー…ってことなんですか？」
ちょい、と首を傾げて見せるエイブラ。
『どこがよ』
しかし…はあ、と息を吐くケリー。
『多分ね、そっちにもジルバから連絡あると思うわよ。実際は相当広範囲に渡るみたいだから。…あ、なんか着信してるじゃない。多分彼からじゃない？』
