と、まあ、ジルバはジルバで頭が痛くなるような状態なのではあるが。
「あの、さっきの通信、少し見返してみてもいいですか？」
「どうぞ。そっちの端末は今使ってないんで、そっちで…えっと、フィルムのアイコンをクリックして下さい。こっちのと共有してるんで観ることはできます」
ここで言う端末…要はコンピュータがここには5台ある。それぞれに役割が決まっていてジルバがその時に応じて使い分けているのだろう。が、全部が全部常に動いてるわけではない。今しがた通信していたのはサルサの入っているメインコンピュータで、これは常時起動している。しかし他は（起動している時間の方が長いが）その都度使おうとする時に起動しなおす、という風にやっている。そのうちの一台をアンヘラに指し示した、というわけである。
「はい、ありがとうございます」
そのコンピュータの前に座って…起動。たしかにデスクトップには巻いた映画フィルムのようなアイコンがある。それをクリック。すると動画再生アプリが立ち上がり…さっきの直接交信が再生され始めた。データそのものはメインコンピュータの中にある。しかし他とも連動しているためこういうこともできる、というわけである。これを応用すれば複数人数による宇宙機への指示とか運用とか、そういうのも可能である。実際、大手ではやってることではあるし。ただ、ここ、ビートエクスプレス社ではオペレーターを雇う金も余裕もないのでジルバが一人であれこれやってるだけのことである。
彼女はモニタの裏にいたから音声しか聞いていなかったが、それでもこれがさっきのものだ、ということは分かるのだろう。モニタ上に現れた動画を、少し目を細めるように見入っている。
「これが…エイブラ…？」
がさつに見える女性の後ろに、ちょこん、と小さくその姿が見える。無重量だから体が浮いてしまっていて、やや上からこっちを覗き込んでいるような体勢だ。
「…小さい」
実際にその姿を見たのは初めてなのである。資料には身長のことも書かれてあるのではないだろうか。最近のミメットは定期的にパーツを取り替えることにより「成育」させられるタイプもある。それどころか構成素材として外部からの資材を吸収して（つまり食べることによって原材料を得て）擬似的に「成長」できるものまである。身長や体格が重要になる場合もあるから作業内容によっては身体丸ごと入れ替えてしまう、なんてミメットも少数だが存在している。
しかしエイブラほど古いタイプとなるとそれこそ何百年とこの姿を維持してきたことになる。この姿は紛れもなく百年以上前にアリスターカンパニーの技術開発顧問クレイ・カートマン氏が捜索を依頼してきたその当時の姿そのものなのだろう。
画面の中のエイブラはおとなしく女性とジルバの話を聞いているように見える。あまり出しゃばらない性格なのかな、とアンヘラは思ったことだろう。それがここまで長く存在し続けてこれた理由の一つなのかしら、とか思ったのかも知れない。
…でもメンテはしてたはずなのよね。
そう。ミメットは単体では百年以上とかそこまで長く存在できない。もちろん最近のものなら話は違ってくる。数十年単位でメンテフリー、なんてミメットもあるにはある。が、ほとんどのミメットは一ヶ月に一回…長くても数ヶ月に一度は生まれた会社か専門機関でメンテを受ける必要がある。特に軌道上というのはミメットにとっても苛酷な環境となる。かなりの頻度でメンテをしないと悪くすれば活動できなくなる可能性も高い（古参のベルファが10日に一度の徹底メンテでどうにかしのいでいる、というのは実はかなり優秀なスタッフがついているということだったりする）。人間が思う以上にミメットにとってメンテは重要なのである。
…じゃあ、どこで？
もちろんこれまでもいくつか「候補」は上がってきている。数から言えば100を超えている。しかし決定的に「ここだ」という場所までは出てきていない。
それでもエイブラがどこかでメンテをしていて、そしてついに軌道上へ出て、さらに第二衛星へと向かっている途中、ということに違いはない。多分それは惑星上のどこかでやってたのだろう、というのは捜索チーム内でも過去から結論が出ていた。軌道上よりもそういった「隠し事」がしやすいからである。しかしどこか断定もできない。
…まだ…分からないか…。
今までシッポをほとんど出していない相手なのである。それが今、宇宙機という閉鎖された空間にいる。…焦ることはないか、とアンヘラも思う。まだまだこれからなのだから。
なお。軌交法では直接交信はもちろん、どんなささいなデータのやり取りでも全てバックアップを取って、一定期間保存しておくことが義務付けられている。…罰則などないようなものだし、それ関係の査察官がいきなり確認に訪れることがある…とかそういうこともない。無視しても特に問題はないのである。ただし何か事件や事故に巻き込まれた際には証拠ともなり得る。あるいは捜査機関から提出を求められることもある。そういった時に不利になる（あらぬ勘ぐりを受けることがあるのは軌道上でも変わらない）可能性があるので、皆それなりに守っている。
まあ、送信側受信側双方の通信機にはやり取りを自動で記録してくれる装置、なんてのがついているのは今では普通だし、特にヤバいことでもやっていない限り大抵の場合は音声も映像も記録しているものではある。
