エイブラとポルカによる合成繊維繋ぎ合わせ作業はうまくいってるようである。無重量空間では惑星上など通常の重力が働いている空間とは力の入れ加減が難しいのではあるが、エイブラはその辺も含めてうまくやっている。もしかしたら本当はそれなりに長い期間軌道上にでもいたのではないか…と、そういうことまで思ってしまう。「前」のエイブラほど無重量に慣れてなかった、と見ていたのは実は間違いだったのかそれとも慣れるのが早いのか。
なお、本職のはずのマズルカがやるより手慣れているのではないか、とか手際が違うよなあ、とかそういうのは内緒である。
当のマズルカは。疲れているはずなのに目が覚めてしまった。よく考えてみれば（そこまでしなくてもいいのだろうが）船外作業の前にも仮眠をとっていたのである。いくら寝棚が大好きなマズルカでもそんなに長くは眠れない。…ということで、寝棚からひょい、と漂いだしてみたりしている。一応作業服に着替えたりする辺りは殊勝な心がけではある…なんだか珍しいな。
キャビンにはモニタがあって、船外の重要箇所、例えばエンジン周りなんかも監視することができる。ふと、思いついて貨物室のカメラをオンにしてみる…床に散らばったり漂ったりしているのは特殊繊維の破片だろうか。何枚か取り出しては繋ぎ、取り出しては繋ぎ、を繰り返しているのだ。そしてエイブラの小さな体がちょこまかと動き回っているのが見える。船外作業服がなくて船外作業のできない彼女は普通につなぎの作業服を着ているだけなのだ。
『…おや？』
スピーカーから正におや？ という声が。
『起きていたのかマズルカ。だったらこっちを手伝ってくれまいか？ 一人より二人の方が…』
やなこったい、とスピーカーとカメラへの接続をを切ってしまう。もちろんこんなことしたってポルカには無意味なのだが…口でもあれば苦笑いしているのではないだろうか。
足を抱えるように浮いて、くるりと背中から一回転。また一回転。どうしよっかなー、も少し寝とこうかなー、全部繋ぎ合わさったらまた船外作業だもんなー、めんどいなー、とか思っていたのだが…。
「…通信？」
外部からの通信を示すアイコンが点滅している。それもデータ通信である。もしケリーたちだったら音声と動画通信だから別のアイコンが光るようになっている。しかしこれはデータ通信…何か送ってきたのだろうか。が、あっちも今は大忙しだろう。通信なんかしているヒマはないはずである。
「げ。なんなのよ…このひっくいレート」
この場合のレートとは毎秒毎のデータ転送量の目安のことである。惑星上ではあまり意識する必要はないが、こういうところでは距離が問題になる。送る側と受ける側が近ければ近いほどレートが高く高速でデータのやり取りができる。そうなると大容量のデータでも短い時間で送信できたりする。逆に距離があると結構な時間がかかってしまう。…このレートだとかなり低い。これは…
「惑星上からのデータ通信、ってか」
まず考えられるのはジルバからである。しかしカンパニーコール回線も使っていないし、何より定期の通信にしては時間が違いすぎる。では…何か公的などっかからの警告とか。それもない。いきなり航路上の宇宙機に警告文なり何なりを送りつけるほど彼らもヒマではない（受け取る側も時間がかかるが、送る側だって時間がかかる）。通常なら惑星上か軌道上の所属会社に一報があって、それから何らかの動きがあるのが普通だ。いずれにせよジルバから先に通信なり何なりがあるはずなのだ。
「ふうむ…？」
それに、これは…。
「こんなクソバカでかいデータ、ジルバが送りつけてくるわけないし」
モニタ上にはどれくらいデータを受け取ったか、を示す棒グラフのようなものがある。灰色の棒に色つきの棒が重なっていく形式。グラフの長さはどんなデータが来ても変わらないのだが大きければ大きいほど、レートが低ければ低いほど色つき棒の進みは遅くなってしまう。
もしジルバが何かの用でデータを送ってきている、ということならもっと小さなデータにするはずである。彼なら惑星から遠ざかれば遠ざかるほど転送レートが低くなることはもちろん知っている。だから極力データをコンパクトにするかあるいは分割するか。何かで転送ミスが起きて最初からやり直し、なんてこともよくあるのである。そういった二度手間三度手間を避けようとするのはある意味常識ではある。
「てことは…」
「やっぱり…アレかな」
ここんとこのデブリシャワーで忘れかけていたが、まだまだ終わっていない…アレのことだろう。しかしあの意味不明な文字の羅列がヒントとして、それとは別にすでにカギ付きのフォルダが一つ。それらは即座に取り出せる位置に置いてある。マズルカでも取り出せる。メインモニタを開き…コンソールでもタッチパネルでもいい、どこかを操作すると一番最初に出てくる画面。そこへ展開した時のフォルダのまま表示されてあるのだ。後はフォルダを開けば文書ファイルとカギ付きフォルダが一つずつ出てくる。文書ファイルに記してあるのは…あの文字化けしたような文字列だ。これを解けばいい、とかそういう話ではないのか？
「…じゃあ、なんで来たのよ」
もっともな疑問である。もちろんこれがアレとは全く関係ない、別のどこかから来た何か、という可能性だって捨てきれないのではあるが。
