そんなこんなもあったのだが、ファイルの解析作業を進めることになったエイブラとポルカである。
動画の再生だから通常の再生ソフトを起動すればいいのだが…なぜか起動しない。理由は簡単である。拡張子が明らかに既存のものではない。特定の再生ソフトを使わなければ再生できないのである。しかし大抵のものなら再生できるはずである。
なぜならこういう場合に備えて宇宙機には複数の再生ソフトを常駐させるのが常となっている。データだから場所や重量の心配がない。だから乗務員の趣味や作業内容によっては5ケタ台のソフトが入ってる場合もある。…何しろここは航路上なのである。惑星上や軌道上なら足りないソフト類も即座に手に入る。記録媒体としての入手も容易だし、回線からダウンロードしてもいい。
が、こういう場では大きな、容量の多いソフトはなかなかダウンロードしにくい。レートが低くて時間がかかる、というのもあるが場合によっては破損してしまって折角長い時間かけて落としたのにまたやり直し…なんてこともある、というのは前にも述べた通りである。だからわざわざ分割しておいて結合しなおす、という手段もかなり有効だったりする。非常時や緊急時にどうしても大きなデータを送らなければならない、という場合は分割・結合は当たり前に使われている。
『…それをしなかった、か…』
「送り主はお姐さまが受けると想定して送ったのでしょうか？」
『そこまでは考えにくいな』
もし受けている最中にポルカかエイブラがキャビンにいたら、マズルカのようにバーを眺めるだけ、とかそんな風にぼおっとしていなかっただろう。何らかの手段（逆探知用アプリケーションとかそんな便利なものはないが、通信のクセから送信元をある程度推測できる）を講じていただろうし…物理的に独立したドライブを用意するなり何なり先手を打てたはずなのである（マズルカだってそういうことができないわけではないのだが、最近どうも怠けグセがついてるような？）。そういうことを一切しないであろうマズルカを相手にすることである意味優位に立てたのではないか、ということである。やや考えすぎなような気もするが用心に越したことはない。
あるいは。この送り主は受信側のことを考えていない。そういう見方もできる。すると…また別の考えも出てくる。
『動画の種類は？』
「通常の形式ではないですが、対応しているアプリケーションはすでにあります」
『再生してみるか…？』
「その前に、ちょっと考えがあるのですけれど」
コンソールの上を、細い指がためらいがちにかすかに動く。操作しようかやめておこうか、迷っているのだ。
「これ、本当に惑星上から送られてきたのでしょうか…？」
『ほう…？』
もし顔があるならば眉をちょっと動かした、とかそんなものだろう。
「いえ、軌道上からでもいいのですけれど、どうも分割も何もしないでそのまま送りつけてきた…というのが、ちょっと」
『たしかにな。しかしあれから再送も何もないところからすると、送り主はこちらが受信失敗しようが成功しようが関知する気はない、ということになる。大したファイルではない…ということかも知れんぞ？』
「広告動画にしては大きすぎますし、何より手間がかかりすぎてます」
『ふむ』
こういう広告用の動画をいきなり送りつけてくる業者だってあるのだ。迷惑になるのである程度の規制があるにはある。しかし抜け道というのはいつの世も存在していて、当局といたちごっこが続くのも、まあ、いつものことではある。
それが何かの拍子に惑星衛星間航路上の宇宙機に送信してしまった…という事例はゼロではない。だがそういう広告動画は大抵は非常に小さなファイルである。そうしないと受ける側がめんどくさくなって回線を遮断してしまうことがあるからだ。それでは広告の意味がないというものである。
「ルートの特定はできませんでしたが…」
コンソールの、さっきまでとはまた別の操作をする。緯線経線が縦横に伸びている惑星上を模した図である。擬似的に立体的に見えるようになっている。…その表面上をやや太い直線が伸びる。それはやがてうねうねと複雑に曲がり始め…いきなり反転したりジグザグに進んだりする。そして…惑星上の北の極にあたる場所で、かき消えてしまう。
「確認できた通過ポイントは全部で57。そのいずれも惑星上に実在する地名ばかりですが…その大元の発信源は確認できませんでした」
「ですがその大元がもし惑星上ではない、としたら…」
『待て、エイブラ。送信主の思惑はともかく、それこそ多大な手間がかかるぞ』
エイブラが操作していないのにモニタ上の惑星図に変化が起きる。ぎゅうう…と収縮されて今度は別の大きな円が加わる。母なる惑星と二つの衛星である。そのうちの一つは言うまでもなく今彼らが向かっている最中の第二衛星である。
『お前の言いたいことはこうではないのか？ 実は第一衛星から送信されてきたのではないか、と』
現在、二つの衛星間の距離は非常に接近している。しかし接近しているとは言ってもお互いがぶつかるほどではない。異なる軌道を描く二つの衛星は常にこのような接近と解離を繰り返している。
『二つの衛星間の現在の距離は第二衛星−惑星間とほぼ同じだが、位置の問題がある。単純に距離から言えば若干ながら第一衛星の方が惑星よりタイニィビートに近いとも言える。送信されても惑星からの送信とレートもほとんど変わらんだろう』
「はい」
『しかし考えてみてくれ。第一衛星から送信して、わざわざ惑星上の57のポイントを経由して惑星第二衛星間航路上へ向かうなどとは…』
「いえ。それは違うと思うのです」
今度はエイブラが操作して惑星図を拡大する。
「これら全てがダミーだとしたらどうですか？ ポイントを通過した、というのは割り振られた番号をログ上に獲得してきた、ということが確認できただけに過ぎません。第一衛星から発信して、惑星上にはないダミーのポイントを通過させ…つまり惑星上を経由したと見せかけてこの船に送ってきた、とすると…？」
