『うーーーむ…』
「ポイントのダミーを作るのはそれほど難しいことではありません」
…さらっと言うが、もちろんそれは犯罪である。しかしたしかにエイブラの言うように不可能ではない。
ここで言う「ポイント」とは回線のアドレス取得ポイントである。無線でも有線でも、回線は全て基本的に繋がっている。が、繋がっているだけではどこへどう繋げたらいいのか分からない。そこで「住所」のようなものが存在している。回線のところどころに「アドレスポイント」というのを設置しておいて、そこへ番号を割り振っておく。その「番号」が「住所」となり…どこからでもどこへでも回線を繋ぐことができるようになっている。
これは惑星上でも軌道上でも衛星でも変わらない。その番号を獲得できる「ポイント」は回線がある限りどこにでも存在している。
通信する以上、この「ポイント」は必ず通過することになる。逆に言えば通過しないと通信できない（もちろん例外はある。例えば通信会社のメンテ作業中、とか。しかしそれはあまり現実的ではないだろう）。そういった「ポイント」通過時にどういうルートを辿ってここまで来たか、というのは全て記録されてあるのだ。
…無論のことそれらは全て公的な機関のもとに集約されてあるから…個人の資格で記録を勝手に覗く、というのは実は犯罪行為となる。ただし、摘発された事例は過去にない。一つには悪用しようもない、というのもある。国家機密とかなら話は別だが、一般回線を通ってきた通信の行方など知ってもあまり意味はないからだ（探偵の身元調査、とかそういうことなら話は別になるが）。だから回線の行き来を調べることは半ば公然の秘密…むしろ暗黙の了解？みたいな状況になっている。
全く同じ番号を吐き出す「ポイント」のダミーを複数設置しておいて、そこを通して追跡を欺く。
『そういうことができるのは個人ではないな…』
「そんなことはないでしょう。やろうと思えば私だってできます。ある程度の容量があって、処理能力がそれなりにでも優れたコンピュータがあれば…」
『数で言えば50や100では済むまい。そうなると余程のマシンパワーが必要になるぞ？』
「ポイントを重複させるのはどうですか？ 同じポイントで複数の番号を出せるように」
たしかに実際に通信を通すのは、今現在惑星上や惑星衛星軌道上から来る数え切れないほど大量の回線ではないのだ。一つだけでいい。最初からだますつもりで作ったダミーならそんなに大そうな仕掛けは必要ないのかも、知れない。それこそタイニィビート号の船載コンピュータでも十分と言えるだろう。
『ふむ。しかし…それをどうやって証明するのだ？ それができなければこの問題は永遠に解決しないぞ？』
「そう、なんですが…」
「いかがでしょう？ 地上のジルバさんにお願いしてみる、というのは…？」
『ジルバか…たしかにここよりは地上からの方が設備も整っているしあいつはこういう方面にも長けているが』
「いえ。こうなったら惑星上の実際のポイントを調査しないといけないと思うのです。実際に通った痕跡があるかどうかが分かればダミーの存在も明らかになりますし。ここよりは惑星上からの方が侵入しやすいはずですし」
…すでに侵入する、とかそういうことになってきているし。正確には犯罪行為なのだが。
『ふむ。たしかにそれはそうだな。よし、ジルバと連絡を取ってみよう。…通信はもう間隔が空きすぎているな。ではカンパニー回線を使ったデータ通信にするか…』
………
その頃ジルバはやはりコンピュータに向かい合っていた。濃い緑色のアイコンがきちんとモニタ上に表示されているから、サルサもその場に「いる」ことになる。…操作しているのは星間図である。つまり惑星と第一・第二衛星との相関図。今月か来月の飛行計画を立てているのだろう。あっちへカーソルを動かしてはサルサに何か指示を出し…それを聞いて微調整している。
さらにモニタには表計算ソフトが三つ並んでいる。同時に三つの案件を処理しているのか、それとも積荷か何かの関係で三つ必要なのか、その辺は分からない。しかしそれでもキーボードを操作しながらサルサに口頭で指示を出し…時折椅子を滑らせて別のモニタの前でやはり操作。なかなかに忙しそうである。
では、アンヘラは…？
使っていない端末なのだろうか。一番端のモニタの前で、ちょい、ちょい、とキーボードを人差し指一本でいじくっていたりする。あまりその手の扱いには慣れていないのかそれともいつもこんな感じなのか。ジルバとはえらい違いである。
実はあんまりにもすることがないので、空いている端末を貸してもらって本来の自分の仕事…つまり警察関係で、ここでもできるような事務作業をやることにしたのだ。部外秘の多い作業だが、そうでもない作業も実はそれなりにある。そういうのをネット経由でここにまで回してもらっているのだ。
「えーと、あれ、これでいいのかな…」
扱いに慣れていない、というより事務作業でコンピュータを使ったことなんてほとんどないんじゃないだろうか。どちらかと言えば技術畑の人間のようだし。
…メインモニタの一部に黄色の回転灯のようなアイコン、そして軽い警告音のような…ビープ音。
「お？ ポルカか？ なんだ、何かあったのかな…？」
『機体に異常はないようですけど』
リアルタイム（若干のタイムラグはあるが）でタイニィビート号の状態はモニタされているから、こういうことはすぐに分かる。
