などと言うベタなこともやったのだが。
残り1分、というところでアンヘラがパスワードをなんとかひねり出した。即座にサルサがネットワークに入りジルバが捜索…ポイントのログとおぼしきデータをとりあえず一気にすくい上げることに成功。中身なんか確認してるヒマはなかったのだ。…かくしてなんとかログの回収に成功したのである。
やはり彼女は実務が苦手らしい。聞けばさっきの「業務」もパスワード込みでここまで送信してもらっていたらしい。…危険きわまりない行為ではある。が、実は10日単位でパスワードは強制変更させられるらしい。自分で決めることもできず、ランダムな数字や文字が示されるのだとか（無論全てを開示できる大元のマスターパスワードも存在している。署長クラスどころか警察関係のトップ数人にしか託されていない、らしい）。メモを取るのも禁止。唯一許されているのはスタンドアローン形式の「パスワード確認装置」というのが各署にあって、IDと指紋認証と瞳孔識別・指静脈識別・声帯識別などをクリアするとちょっとだけ見せてくれるとのこと。ほんの数秒だけ小さなモニタに文字列が表記されるらしい。
「どうせすぐに変わるんだからそんなめんどいことしない人の方が多いですけどね」
なぜかあっけらかん、と笑うアンヘラに…どうにも複雑な感情を抱く一応一般市民のジルバであった。
「しかし…よくこんな許可もらえましたね」
「エイブラ捜索のために、という名目ですわ」
「…なるほど」
たしかに関係性ゼロではない。
『ジルバ。ログのチェック終了しました』
ぴこん、ぴこん、とサルサを示すヒスイ色のアイコンが点滅する。作業終了を示すいつものサインである。
「ヒットしたかい？」
採取したログの中に目当てのログがあったのか、ということである。何しろ詳しく吟味しているヒマなんかなかったのだ。
『はい』
ふう、と息を飲んで天を仰ぐ。
「どうだった…？」
『結論から言えば惑星上のポイントを経過した記録は残っていません』
「そうか…やっぱりな」
ということはエイブラの推測が正しかった、ということになるのだろうか。
「どういう…ことですか？」
「それは…」
「ここまで巻き込まれてしまったんですから、私に事情を説明する義務があると思いますけど？」
言葉としては詰問しているようだが、実際には妙に自信ありげな笑みを唇の端に浮かべているのだ。
「分かりました。…特に犯罪とかそういうことではない、と思うのですが…」
実はさっき破棄したメールの直後、もう一通タイニィビート号からメールが届いていたのだ。差出人は…
「エイブラ？ エイブラからなのですか？」
「ええ。ちょっと目を通しましたけど、今回の基本的なとこは彼女が立案したようです」
なんかえらい変わっちまってたからな、とジルバも思う。「前の」エイブラだったらこんなことしたかどうか。
「ああ…なるほど…」
要は惑星上のポイントを通過していないのなら第一衛星がクサい、ということである。取得してきたはずのポイントのダミーをどこかに作っておいて（ネットワーク上に構築するだけだから物理的なスペースは必要ない）そこをあえて通したのではないか…と。
「これは…ユリアーナですね。でないとこんなことできるはずありません…」
「えっと…？」
なんだかあり得ない言葉を聞いたような気がする。アンヘラはやはり愛おしげに（彼らがエイブラ関係の物品に関わる時特有の優しい目）モニタを見据えているが…。
『今、タイニィビート号に乗っているのはエイブラなんでは…？』
「ええ。なおのこと間違いありません」
「でもさっきユ、ユリ…なんとかって」
「ああ。それは彼女の性格名なんです。エイブラはこれまでに複数の性格を出してきました。それぞれに名前がついてますのよ」
…複数の性格。
「そういう精神病がある、と聞いたことはありますが」
「それに近いのですが、ミメットの場合はその傾向がさらに顕著に出てきます。別人格なんてものじゃなくて完全に別人。記憶の共有はありますが思考方法から行動から完全に確立しています。…最も多く目撃されていたのは『ゾラ』で、まるで子供のようにわがままで賑やか。結構悪どいことも平気でやります。でも実際は非常にさびしがりやで正直な女の子なのです」
