『…やっと三つだ、コンチクショー！』
合計で8本のポールを設置する必要がある。そのうちの3本をようやく船体に接続（乱暴に言えば接着剤でくっつけた）することに成功。
『あと何本よー…』
無重量空間だからどんな資材でも「重い」と感じることはない。しかし通常の重力を感じる空間とは明らかに違う空間なのだ。普段使うこともない筋肉を使うことも多いし感覚も違う。そこら辺の違和感などからどうしても疲れが出てしまう。
『やー、もー、疲れたー…』
とかボヤいてると緊急連絡用のシグナルがヘルメット内で点滅を始める。これは生命活動に支障をきたすほどの大障害が起きた時などに、文字通りキャビンと緊急な連絡をしないといけなくなった時に点滅するのである。…もちろん、今はそんな事態にはなっていない。マズルカが通信切ってるからこうしないとキャビン側からも通信できないのだ。
『んで…何よ？』
「お疲れ様です。コーヒーです」
前にも聞いたセリフだが、こちらはやはり無邪気な笑みである。なお、パウチ状のパックにコーヒーが入っているのは前と同じ。惑星上のようになみなみと注がれたカップで飲むわけにはいかない。
「…ん、ありがと」
『戻ってもらったのは二つ理由があるのだ、マズルカよ』
「へいへい」
天井辺りでくるりと縦に一回転。無重量空間と言えども慣れれば身体は自由に動かせる。しかしそのまま止まっていると身体というのは丸くなっていくものらしい。実際にはそんな風にぼおっとしている間などほとんどないのだが。
『一つ目は作業の効率化だ。すでにケートレック号由来のデブリ濃度が上がりつつある。急がないといけない』
念のため。デブリ濃度が上がっているから船外作業が危険になる…ということではない。その辺はいくらマズルカでも分かっている。確率的に破片がぶち当たることがある…というのは船体も人体もかわりはない。ただ、人体へ当たる…というのはほぼ無視してもいいレベルだ、ということなのである。
もっとも…船体にぶち当たるのだってまだまだ確率は低い。惑星上で自動車事故に遭うよりもはるかに低い。
『しかし現状ではこれ以上のスピードアップは望めそうにない』
「当たり前じゃあ」
船外作業員がマズルカ一人、というところですでに限界。
『そこで船外作業用のアームを一時的に船首と船体中央へ移動させる』
本来ならコンテナへの搬入や搬出に使っている遠隔操作用のアームをオプションとして船首と船体中央に取り付ける…ということらしい。
「できるの？ そんなの？」
「アームは基本的に取り外し可能なのです。電源ケーブルや駆動伝達系を接続し直さないといけませんけど。緊急時にはコンテナを切り離すようになってますよね？ その際にアームが邪魔にならないように船体から外すことができるのですよ」
『そしてこれも緊急用なのだが船首と船体中央と船尾、それにキャビン周りにはアームを固定できる器具があらかじめ設置されてある』
「だったら早く言ってよー…あたしバカみたいじゃん」
「それが…あくまで一時的に設置するための金具なので…緊急用部品を設置するには足りるかどうか、さっきまで分からなかったのです…すみません…」
強度と位置の問題だろうか。いくら「重さ」は関係ない、と言ってもそれぞれが本来持っている「重さ」がゼロになるわけではない。例えばああいう大がかりな資器材をアームに掴ませて最大出力でぐるぐる回す、という明らかに非常識きわまりない動作をした、とすると…あんなきゃしゃなアームだと千切れて宇宙空間の彼方にまで飛んで行ってしまうだろう。…もちろんそんな機動を想定しているわけではない。ただ、条件によってはかなりの大きな力がかかることは考えなくてはならない。その辺の計算や兼ね合いがなかなか難しかった、ということだろう。
「いや、えっと、別に謝らなくてもいいんだけど」
「んじゃあ…あたしの船外作業ナシ…ってことにはならないか、やっぱ」
ずず、とコーヒーを吸い出して天井を軽く蹴る。パックは今後も再利用するから専用の装置に放り込んでおかないといけない。
「…まさかと思うけどアームの設置に時間食う、とか？」
『それはない。アームは予備を含めると6本あるからな。まずお前にやってもらいたいのはコンテナのある船体中央と船首それぞれに設置し直す、ということだ。そうしたら後はポールの微調整だけでよくなる』
「ふむう。…ま、それくらいなら大したことじゃないか」
さっきまではコンテナからポールを引きずり出してえっちらおっちら船首まで持って行ってたのだ。それがアームさえ設置してしまえば運搬は迅速に行なわれるから、船首での細かい作業だけになる。これならかなり楽になるだろう。
「今からちゃっちゃやっちゃう？」
『まあ、待て。アームの取り外しや駆動伝達系の調整にやや時間がかかる』
「それは私がやります。少し時間をください」
『そういうことだ。休憩時間ができたぞ、喜べマズルカ』
「うわーい、やったー…って、これくらい当たり前じゃない。これまでだって労働関係の部署に見つかったら処罰対象もんなんだから」
『はは。まあ、そう言うな。…それに船長としてのお前に少しばかり耳に入れておきたいこともあるのだ。それが二つ目だ』
