「うーーん…」
腕を組んで、指で肘辺りをとんとん、とたたいてみたりするマズルカ。…少しだけ目が真剣である。
「何なのコレ？」
『それが分かればこんな面倒なことはしていない』
ポルカが始めたのはファイルそのものの解析作業である。コレをどうやったら運用できるか、ではなく、どういう仕組みになっているか、ということである。
もちろんソースコードからタイムスタンプからあらゆる方面から探ってみることになる。ある意味で最も判明しやすい拡張子からも判断できないのだ。
ただし。当たり前だがこんな面倒なこと、時間がかかりすぎる。明確な目的もないままプログラムをひねくり回すというのは、やはり無目的に謎の機械をひねくり回す、ということに等しい。家電や作業用工具、といったまだある程度でも目的が分かっていれば（そういうのはメーカーも特定しやすいし）まだマシである。が、そういう代物かどうかすらも分からない。外見どころか部品一つとって見ても何が何だか分からない、未知の機械を調べていくのと同じようなものなのである。
「…分かるの？ こんなの？」
メインモニタではなくサブの小さめのモニタにずらずらっと数字だか英字だか記号だかが並んでは消えていく。何らかの作業中だ、ということくらいは分かる。
『…知らん』
「知らんって」
『分からんものは分からん』
「意味ないじゃんか、そんなん！」
『だから…色々やってみるしかないだろう！ ああ、もういい！ 邪魔するのなら駆動系のチェックでもして来い！』
…と言われて素直にくどーけいのチェックなんぞやりに行くマズルカではないのだが。
「あー…だりー…」
それでもキャビンにいるとまたポルカに怒鳴られそうなので、船尾へ向かうことにしたらしい。ちなみに駆動系ユニットもそっちにある。
タイニィビートは魚の骨のような形をしている。大まかに言えば魚の頭にキャビンがあって、すらっと背骨が並ぶ。最後尾には船尾（つまり魚の尾）があって推進系とか駆動系とかそういった航行に必要なユニットは後ろにあることになっている。なお、途中の『骨』にはコンテナを繋げて運ぶのである。コンテナ全てを吊り下げたフルペイロード状態だと『魚の骨』じゃなくてかろうじて『魚』に見える、という言い方もできるだろうか。
以前にマズルカがチェックに行ったのもこっち方面。
実はキャビンほどではないが最後尾にも小さな部屋がある。船を動かす操舵系や全体を監視したり指揮したりする情報管理系はないが、通信とマニピュレータの操作の二つはここからでもできる。場合によってはコンテナの積み下ろしをここから操作することもあるのだ。そのためコンテナを目視するための小窓もある。進行方向とその逆、つまり今まで進んできた方向への小窓もある。だから割と明るい小部屋…作業部屋だったりする。
時々マズルカはここへ来てサボったりしているのだが。無論ポルカは全てお見通しである。
なんかめんどいからちょっと誰かとお話でもして気分転換を…と作業部屋に入ってみる。
「…あり？」
「はあ…」
そこにはなぜかエイブラが、これまで進んできた方の小窓につかまるように浮いている。ちょっとバツの悪そうな顔をしているような…？
「寝てなさいよ」
作業部屋は二人の人間が同時に作業するにはちと狭い。これまではマズルカとポルカしかいなかったから、あんまり気にしなかったのである。ここには例の筒もないからポルカは常に無線による情報管理をしないといけない。ポルカに言わせると無線よりも有線、つまりあの筒に収まっていた方が管理はしやすいのだそうだ。だから、ここを使うのはマズルカだけ、ということになっていたのだった。
「…はあ」
「何？ 眠れないの？」
こちらに背中を向けているエイブラの、その細い背中をすり抜けるようにメインパネルへ。キャビンなら正副合わせてそれなりの数のモニタ…パネルがあるが、ここには一枚しかない。いや、一枚しか必要ないのである。できることは通信とマニピュレータ操作だけなのだから。そんな複雑な作業までは必要ない、ということでもある。
…しかしサボりに来た人間にとってはそれだけあれば十分。どっかヒマそうな船とおしゃべりでもしよっかなー、とチャンネルを操作。なお、以前に惑星上の友人と交信しようとして（通信費が尋常ではない）ポルカに怒られた時もここから通信しようとしていたのだった。
「お姐さまはどうして…？」
「ちょっとした余暇ってやつよ。…あーう、フランカーは無理か。ビジーだって。あーー、ちっくしょ」
「…ポルカ様は…」
「解析作業やってる。あたしがいてもなんもできないからね、出てきちゃった。…ホープフルも？ ダメ？ やっぱ忙しいかなあ…」
「ケートレック号のデブリシャワーじゃないですか？」
「うーん、それっぽいわね。うちは大丈夫そうだけど…こっちの方が通信入りやすいんだけどなー…あー、仕方ないかあ…」
「さすがお姐さま。こういうムダなことには長けてらっしゃるのですわね、ホント」
