ぎ、ぎー、…と首を後ろへ向けてみる。
「やーですわ、お・姐・さま？」
「よみがえりやがった！」
「えー？ 何ですか、人を邪神みたいに」
「邪神以外何だってのよ！ ったくあーたは、ったく…」
繰り返すが作業部屋は二人が行動するにはちと狭い。マズルカはコントロールパネル（モニタ一枚のみ）に向かって通信関係の作業…つまりはおしゃべりの相手を探していたのだが、エイブラはそこらを漂っているだけのような状態。今のエイブラはマズルカの背中を向いてる形。
くるり、と振り向いて。
「なーにやってんのよ！ ほんとにもーあんたって子は！」
いきなり、わしっ、とエイブラの頭つかんで揺さぶったのである。笑顔に困惑が少々、といった顔である。
「お姐さま？ 一体何を…ああう、頭が、私の頭がー…」
無重量空間では一旦入力された力は「何か」で止められない限りその方向へ入力され続ける。では止められたらどうなるのか。基本的に反発されて真逆の方向へ入力し直される。
例えば惑星上なら壁を押しても何も起こらない（正確には壁からの反発があるが、それらは相殺されている）。しかし無重量空間ではダイレクトに反発が伝わる。何かに体を固定しているのとかそういうことをしていない限り押したのとは反対方向へ力が加わり…体ごと逆に押し返されることになる。
では脳みそシェイク、はどうなるか…。
「おうええ、うえ、うげえええ…」
実際には吐いたりしてはいないのだが。頭おさえたり喉をおさえたりしながら吐き気と健闘中。惑星上ならそれほど問題はないのだが、こういうところでやると想像以上に負担がかかってしまうことになる。
落ち着くまで、しばし。
「な、なーにするんですかー…」
「あはは。ごめんごめん」
『マズルカ。作業部屋で何があったのだ？ 何やら異常な振動を感知したが…』
いくらセンサー類が敏感とは言え。どんな振動だったんだか。
「あ。ポルカ様。ご機嫌うるわしゅうございます、へっへっへ」
『…』
「なんかね、復活してる」
『邪神か』
「そ。邪神」
「だから私は邪神ではございませんとあれほど！」
惑星上のアンヘラやジルバなら事情を知っているから、もうそれほど驚きはしないだろう。しかしここの一人と一個はそれを知らない。
一度キャビンに戻って来い、というポルカの指示？もあって二人は戻ることに。…もちろんマズルカはしぶしぶ、といったところ。
『…うむ、間違いないようだな。センサーも全てが正常だというのに…』
ポルカは腕輪に過ぎないが、モニタ類を駆使すれば船内のことは全て『見たり』『聞いたり』することができる（もちろん死角がないわけではない）。さっき作業部屋でエイブラを『見て』『聞いて』いるからその変化には気づいているのだが、なんとなく確認したくなったのではないだろうか。直接見たくなった…と、かなり人間くさいことを思ったのかも知れない。
「ここまでよく変わるもんね」
座る必要がないので、そのまま棒立ちなわけだが。『前』のエイブラならそれなりにあった恥じらいとか可愛らしさとかいったものが全部欠如しているので、フツーに浮いているだけなのに、なんだか後ろからどつきたくなるようなしぶとさを醸しだしている。『前』の『前』なら当然にあった雰囲気ではある。
「？ 私は…別に変わってなぞおりませんが、何か？」
『自覚はないのか…』
「病気？」
「失礼な！ この私に限ってビョーキなんぞとそんなものが…」
『こういう精神疾患があるにはある。しかし脳の活動も体内の物質にも目立った変化が見られない。計測機器の誤作動でなければこれは正常、ということだ』
「でもある意味ビョーキか」
『医学上の見地では病気ではない。が、これはいわゆるビョーキと言っても問題ないというやつだな、うむ』
「なんですかビョーキって！」
「ビョーキはビョーキよ。…まあ、あんまりコロコロ変わられるとこっちも面食らうからさ、できればそのままでいてよ」
ぽんぽん、と頭を軽くたたく。
「まったく…仕方ない人たちですねえ…ま、この私がいるからにはこの船も安泰、というものですけどね、おーっほっほっ！」
