「まー、なんかねー…」
適合箇所に工具を合ててみる。ぴったりなのは当たり前。それ用の工具なのだから
「なんであんなのなのかねー」
それでも取り出してから工具を一回転させてみたり。意味のない行為でもある。
ここいらは微調整が必要なエリア。かなりデリケートに扱わないと場合によっては航行不能、とかそういうことになる可能性だってあったりする。が、きちんとマニュアルが決まっていて、きちんきちんと処理していけばいかなマズルカにとってもそれほど難しい作業にはならない。
「ほんっとに」
燃料の流出入を計測しながら…微調整。これで後はいくつかの手順を残すのみ。それほど大量に作業があるわけではないのだ今回は。
「まあ、いいけどさ」
アレがどう変わったって彼女の仕事が減る…というのはあまり考えにくいことなのだ。何しろ船長なのだし。
『あいつの駆動系チェックは終了したか…』
慣例として作業終了の通信を、例え船内作業だとしても送り合うことになっている。しかし…マズルカとポルカの場合そういうことしなくても勝手にポルカが『作業終了』の状態変化を感知してしまうため、マズルカも特にそういうことをしなくなっている。
「今頃はまた作業部屋なのでしょうね」
エイブラはメインモニタの前でヒマそうな顔で浮いている。それでも何らかの作業をしているらしく指がコンソールから離れない。
『そうだな』
「いいんですの？ 例のファイルもありますし」
その体は少しずつ少しずつ左方向へ回転している…あ、左手でちょっと壁つついた。これでこんな回転は…いや、今度はゆっくりと右方向へ回転始めやがった。
『まあ…いいだろう。それ以外は特に忙しいわけでない』
言いながらポルカは例の筒の上。筒には小さなランプがあって、かなり激しく点滅している。こちらも何らかの作業を続行中のようだ。
「そうですわね」
『しばらくしたら積荷の目視チェックでもやってもらうとしよう。…それよりも今はお前の睡眠時間のはずだが、いいのか？』
それを聞くとがばっと身を起こし、近くの時計を食い入るように見つめる。
「そうでしたっ！ お休みなさいませっ！ 睡眠は！重要ですしっ！」
ポルカの返事も待たずに通常よりもはるかに速く泳いで行ってしまった…。
『…ふむ。こういうところに違いは出るのか…』
その頃の作業部屋。
「…そ、そーなのよ、なんかあいつまた復活してんのよね…まいっちゃう」
どうやら誰かを捕獲するのに成功したらしい。
『またか…てことはあのこまっしゃくれが復活してんのね』
どうやらホープフルのケリーのようだ。額に人差し指の先を当てて、大げさに肩をすくめて見せる。
「そ。めんどいったらありゃしない」
『ねえ…マジー？』
「何？」
『あの子、一体何者なの？』
画面の向こうのケリーは心配そうに見える。通信そのものは惑星上とここいらでも第二衛星からでも可能なことは可能だが、タイムラグがでてしまうのは散々述べてきた通り。それでもほぼ同じ宙域を航行しているタイニィビート・ホープフル・チームフランカーの3機ならつっかえることなく通信することができる。そのため完全にリアルタイムな反応なのである。
「うーーん…何だろね、一体」
ある意味で一番知りたいのは彼女だろう。
『ポルカは何て言ってたの？』
「特に何も」
『ふーん…何か言いそうなんだけどね』
「ただ、あいつ…ID持ってないのよ」
首に下げていたのはニセモノだったのだ。
『…そういう子供もいるって話は聞いたことあるけどね』
表向き、通常ならIDを持ってない人間というのは惑星上軌道上各衛星軌道上を全て含めて存在していない、ということになっている。もちろんそれはあくまで表向きの話なので…そういう管理上の縛りから抜け出ている存在も少なからずある、ということである。
「なんかでもそういうのとは違うような気がするんだけどね」
『どういう意味？』
「えっとねえ、何て言うか…」
一枚しかないモニタ全体が赤く光る。マズルカからはケリーの顔が赤く包まれたように見えるが…。
警戒を促す高い音が狭い部屋に鳴り響く。
「接近警報！」
その直後、ず・ずずううん…という鈍い衝撃がタイニィビート全体を襲ったのだった。
