『だからー、先に自己診断システムを調べてー、欲しいんだがなー』
「簡単に言ってくれますわね」
『全くだな』
現状タイニィビート内を物理的に動き回れるのはマズルカのみなのだ。
『そいでなー、えっとなあー、診断プログラムをなー、送るわ』
画面の右下に点滅するアイコンが出現。これを指先でつつけば惑星上からのダウンロードが開始される。…なんでこんなややこしいことしてるか、と言えばそれは単に怪しまれないためである。いきなりなんかのファイルが送りつけられたら誰でも警戒してしまう。
あるいはデータとして送られてくる動画メールのようなものなのだからファイルも同梱しておけばいい、と思うかも知れない。しかしそれだと今度はこっちにダウンロードする時に遅くなる。データとしての量は惑星上や軌道上でならそれほど大きなものではない。が、こんなビットレートの低いところまで来ている船にとってはかなりの時間を必要としてしまう。惑星上からの通信、というのは良い場合も悪い場合も重要なものばかりだし、仲間からのものだから皆、早く見てみたいのだ。それが全部落ちてくるまで他の作業中断して乗組員が無言でキャビンに集まってる図、というのは…非効率だしなんだか不気味でもある。
「…それ先に言っておいて欲しかったですわね」
『そこら辺から調査してみるか』
「まー、全部落ちてくるまでちょっと時間かかりますわね。あら。お菓子が…ちょっと取ってきますわ」
食料備蓄庫はキャビン内部にもあるので問題はない。そもそも生活に必要な物資はキャビンの備蓄庫に保管してある。これはこういう緊急事態に備える意味ももちろんあるが、運び込むのは貨物室よりキャビンの方が楽だ、というのもある。貨物室は検疫や調査などがあるため別の搬入口を利用するのが慣習で、キャビンへの生活物資はまた別の搬入口を使う。こちらの方がそういったチェックの項目が少ない。
『うむ。まあ、しばらく待つとしよう…』
『あんたら…なんでそんなにのん気なのよ？』
モニタの向こうからセラの呆れたような声。
泳ぎかけたエイブラがまた、にまあ、と妙な笑みを送る。
「だって…あわてたってしょうがないじゃありませんか。それに狭いタイニィビートの中のことですのよ？ お姐さまが他の天体に飛ばされた、とかそういうわけでもないのですし」
その頃惑星上では。
「…うまくやってるかなあ…」
『大丈夫ですよ。兄様もいますし』
ピピピ、と軽快な電子音。無論、別に鳴らさなくても問題はない。
『第一衛星への軌道計算終了しました。月例の航路ですので特に問題はないと思いますが』
月に一度第一衛星へ公的な物資を運ぶルートのことである。入札制度で業者は決まるのだが、実際にはあまり実入りが良くない（同様な荷物ならもっと高く出す企業も多い）のであまり人気はなく、大手はまず受けない。そこで駆け出しの新人業者や零細業者ばかりが請け負うことになる。…もちろん第二衛星へも同様の入札がある。が、こちらの方がさらに参加しようとする業者が少ないのは言うまでもない。
「…うん。いいね。これにちょっと僕なりの修正を加えて…」
『え。修正加えるんですか？ せっかく私が第四惑星の重力場から軌道上への影響まで考えて作製したのに』
「だって軌道上から第一衛星へ向かう航路だよ？ ほとんど無視していいレベルじゃないか？」
『それは…そうなんですけど…せっかく…私が…その…』
「必要ないね。さてと、ここへかかる重量は少し圧縮できるかな…よし」
『………』
「そうだな、仕事量をこっちへ傾けて…」
『……』
「これを、だな…」
『…』
はあ、とため息をつく。
「…わかった。君の言う通り、第四惑星からの重力場も考慮に入れるとするよ…」
『え、やっぱりそうでしょ、そうでないとおかしいと思ってたんですよ、さっすがジルバ、話が分かる男の人はサルサ、大好きなんですよ！』
そっと目の前にコーヒーが。湯気が暖かそうだ…。
「…なんかむなしくなりません？」
スピーカーから遠慮も情けもなく流れ出てくるきゃぴきゃぴした音声のボリュームを、そっと落とすジルバ。完全ミュートなんかした日にはどんな報復が待っているか…。
「いや、まあ…そうでもないかな…ははは…」
「声が沈んでますよ？」
心配そうなアンヘラ。いや、心配と言うより憐れんでいるような…。
「まあ…何て言うかね、いつものことなんだよ…こういうのは」
