「それでも…」
ちょっと、考えるエイブラ。かすかに上を向いて、唇に指を添え、眉を寄せる。
「結構な数になりますわね。組み合わせ的には。それに…」
「それに？」
「お姐さま。重要なことをお忘れですわ。どうやって未知のファイル開くんですの？」
エイブラが言いたいのは、そんなことしても『こんなファイル知らねーよ、どっか間違ってんじゃねーの？』という表示が出てきてそれでおしまいではないか、ということだろう。そうなってしまえばどうしようもないのである。
基本的にコンピュータは自分が知っているファイル形式しか読み込まない、いや、読み込めない。理解できない、と言ってもいいかも知れない。そこら辺はあくまでもキカイであって、ヒトの方から歩み寄ってやる必要がある。あらかじめ教えておく必要があるのだ。具体的にはコンピュータがそれを読み込むことのできるプログラムをあらかじめ用意しておかないといけない。
これが惑星上とか軌道上なら、持っていなくても新しいアプリケーションをネットで探して簡単にダウンロードすることもできる。が、ここは光速でもそれと分かるほど体感誤差の出る第二衛星航路。かなりの手間と時間がかかるだろう。
メインモニタに表示されていた『未知のファイル』をこっちのサブモニタに引っ張ってくるエイブラ。『未知のファイル』と『TA』のテキストファイルが並んで表示されてある。
「…そっか、そうね」
「TとAに関係していて既知のファイルになってる拡張子ももちろんありますわ。リストアップしてみます？」
「うん。お願い」
ちょちょちょっとメインモニタのコンソールをいじる…。
「…何？ こんなにあんの？」
サブモニタ画面を上へと流れ行く文字の列。下から下から新しい文字列が追加されて行ってるのだ。…表になっていて、最も左にTとAに絡んだ三文字（拡張子の名前）がある。その右の枠にはファイルの種類。さらに右側は説明文で埋まっているわけだが…内容が良く分からないマズルカにとっては、怪しい魔法使いが唱えようとしてる呪文…『分かるかえ？ イッヒヒヒ』とか振り返って自慢げに笑ってくる…そんなもんである。
「これでも『T』と『A』の順序を変えない…つまり『A』『T』にはならない組み合わせだけですわ。…説明、いります？ 全部？」
「いらん」
ため息と共にひらひらと手を振る。冗談じゃない、ということである。
「…いー方法だと思ったんだけどなあ…」
両手を前に伸ばして、とん、と体を後ろに少しだけ飛ばす。上半身を反らすような体勢だが、そんなに激しいものでもない。軽く伸びをしているような、恰好。
「でも悪くない方法かも知れませんわね…」
逆にコンソールに食いつき気味なのがこの娘である。
「拡張子の変更、つまりはこの未知のファイルの擬装を解除する、ということですわね」
「ギソー？ ああ、悪いもんを良いようにごまかしてるってことね」
「それは『偽装』ですわ。こっちのは『擬装』ですわ。まー、ごまかしてるってことには変わりませんけど。もう少しマシな意味合いですわね」
すでにメインモニタの前にはいない。例の独立式のコンソールを持って泳いでくる。
マズルカをサブモニタの前に張り付かせておくと自分はメインモニタの前にいることになる。そうなると、何かあってもあのマズルカが動くことはないから、自分が動かないといけなくなる。そんなに大した距離でもないのだが、やや面倒ではある。…そこでコレ持ってマズルカの背後に張り付くことになった、ようだ。
「手がかりが一つ、ありますわ」
「ほお？」
振り返ることもないマズルカ。
「このテキストファイルの異常なまでの改行ですわ。なんか…おかしくありません？」
「笑えるところなんかないけど？」
「そういうおかしさではありませんわ」
自分もちょっと前に『おかしい』とか思っていたはずなのだが。
「数を数えてみました。改行数」
「ほお？」
やはり振り向かない。
「89ありましたわ」
「…で？」
ようやく振り向く。そこにあるのは…。
「…悪い顔してるわねえ」
「お互い様ですわ。ホーホホホ」
「そう？ うふふふふふふ」
「ところでお姐さま、拡張子の文字数っていくつかご存じです？」
「3つじゃないの？」
「昔は4つのもあったんですわ。今でも一応認識はされるんですのよ」
