なんだか分からない文字列がずらずらとメインモニタの中で下から上へと流れていく。
「えっと…」
ぽかん、と口を開けたまま回転を止めるマズルカ。ちなみにそんなことしてる間にも文字の奔流は収まることはない。あくまで、ずらずら、ずらずら、すらずら…。
「…もういいや。止めて」
「何を、ですの？」
「なんか分かんない、コレ」
メインモニタを流れ行く文字列に沿って、人差し指を上下。
「いやですわ、お姐さまったら」
口に手の甲を当てる、あのポーズ。どっかのお嬢様っぽい偽りの優美さを醸し出しながら毎度毎度の毒っぽい笑い声を吐いて見せる。
「まだ全体の3%も解凍してないんですのよ？ それに止まるわけないじゃありませんか、一度コマンド入ってしまったんですのよ？ 作業終了するまで解除なんかできせんわよ？」
『ほう…』
「…んじゃコレ、まだ続くの？ まだまだ？」
「そりゃあ、もう。ただ…圧縮の度合いがちょっと激しいようですわねえ、このファイル。いくらテキストファイルと言っても、通常のならこんなアホみたいな量になるもんじゃありませんのに」
『ふむ』
「しばらく放置いたしましょう。実行中のシステムへの負荷なんかたかが知れてますし。その間にポルカ様の作業も終わるでしょうし」
『…うむ』
「そうなったらこっちの解析作業もはかどろうと言うものですわ。…さ、私は少し休ませて頂きますわ…お休みなさいませ、お姐さま」
と、エイブラは言い置いてさっさとキャビンを泳ぎ出て行ってしまったのだった。
『なるほど』
一人、残ったマズルカ。目の前には彼女曰く『なんか分かんない、コレ』が激しく流れている。
『ほほう…』
「なんか言いなさいよ、役に立ちそうな、なんか」
『ふむ』
「あう…ダメか…」
相棒は頼りないことこの上ない。まだビジー状態なのだ。そうなると…。
「なんか、やっとくか…」
わざとらしくぽりぽりと頭をかいて、メインモニタにくるりと背を向ける。珍しくやる気になっているようにも見えるが、実際はそうでもない。
よく分かんないものなんかじっと見つめていても仕方ない、ということももちろんある。正規の作業以外の、例えばゲームやるとか動画観るとかそういうことをやろうとするとどうしてもモニタを見ないといけなくなる。もちろん、今だらっだら流れてる文字列だけを別ウィンドウにするとかサブモニタのどれかに飛ばしてしまうとか、そういうことも可能ではある。いくらマズルカでもそれくらいはできる。が…実はなんか怖くなってきてるのだ。音もなく（効果音なんか設定してないのだから当たり前なのだが）モニタの中を『なんか分かんない』文字列がめちゃくちゃ移動している、という今のこの状態が。しかも自分しかここにはいない。…ポルカも一応いるにはいるのだが、反応が鈍いので逆に数に入れたくはないようだ。
だからなるべくモニタを見たくなくなってきていたりする。そのためにはなんかやるしかない。
「さて…と」
『うむ…』
付け加えておくと他の船との「おしゃべりタイム」という手は今は使えない。それぞれの船にはそれぞれの作業等に専念したい、他に構ってられない忙しい時間帯があって、その時には無用の通信はしない、という暗黙の了解がある。もう少し時間が経てば誰かが相手してくれるのだろうけど…。
基本的に、だが。目的地に着くまでは貨物宇宙機はすることがあまりない。これが旅客船だと乗客の相手しないといけないのはもちろん、運行上の安全のための公的自主的含めた様々な取り決めがあるので航路上でもやることは山ほどある。だから乗組員も多い。
貨物機の場合は荷物の保全、という必須事項があるにはある。しかしそれにしたって航路上ずっとかかりきり、というほどの業務ではない。積み荷によってはかなり繊細でシビアな条件が要求されるが…今回の荷は建築資材や日用品が主である（だから『傘』が作成できた）。目視による大体の確認と監視システムによるチェックでどうにかなる程度。後は…船体のメンテとかそういったことが主な作業になる。当然のことながら船が正常に動いていないと目的地にたどり着けない。
ただし。今現在はタイニィビート号はまだ完璧な状態とは言えない。ポルカの作業が終了してから何かやった方が効率がいいのかも知れないのだが。
「とーりあえずー…」
キャビンを泳ぎ出てみる。
「貨物室でも行ってみるか…」
一応目視での確認はちょっと前に終わっているのである。だからあまり意味のない行動なのではある。
