「…ふおーん…」
自分でもよく分かってない声を出してみたりして。呼吸気はもちろんあるので声があちこちに響いて渡る…貨物室の底。
「積み荷の確認でもしとくかね」
ようやくあのキャビンを抜け出たことで、ちょっとホッとしているのかも知れない。
ここは一番目の貨物室の底である。大型の船なら与重力装置もあって、底に「置く」こともできる。が、タイニィビートクラスの船だとそんな余分な装置を積む余裕もない。だから前にも述べたように角砂糖にしがみつくアリのような状態でコンテナの中を捜索？することになる。
照明も薄暗い。必要最低限の明かりしかついていない。深海の奥底に静かに降りていくダイバー、といった観もある。
一応自然光に近い白色っぽい照明なのだが、数が圧倒的に少ない。何かあればこの倉庫全体をもっと強烈な光で満たすこともできる。が、それは非常時の話。あるいは着船時や離船時の話。電力を食うので航路上ではよほどのことがない限りそういったムダ？なことはしない。特に今はポルカも作業中で、何も言われなさそうだが、そんな余計なことしたら後で怒られる。
ここにはいくつものコンテナが並んでいるのだ。整然と…とも言えないか。例の『傘』作成のために一度ひっくり返したので、依頼主にはあまり見せたくない状況になってしまっている。何しろ緊急事態だったので、整理しながら開けていくヒマなんかなかったのだ。
「ふんふーん」
鼻歌なんぞ歌いながら気楽そうだが。ここでは努力目標としての着用が求められている船外作業服（万が一、というやつである）のことからして、これだけあちこちに漂いまくっている色んな物体を全部コンテナに収めて回らないといけないのは彼女以外にいない、という衝撃の事実をまだ認識して…いないようである。まあ、そのうち泣くことになるのだろうけど…。
「あー…そっか…」
気づいたか。結構早いもんである。
確認用の端末を手にしている。やはり平たい、図式や表が電子的に表示される、広げた両手を合わせたよりも一回り大きなくらいの画面なのだが…そこに表示されてある項目を全部確認しようと思ったらこの惨状をどうにかしないといけない。なお、端末から漏れる明かりは簡単な照明にもなる。しばらく作業しないと画面は一段階明るさを落とすようになってはいるが、端末を覗き込むたびに顔だけが薄闇に浮かび上がるような格好。
「…めんどいなあ…」
軽く舌打ち。一度、くるりと上を向いて（背泳ぎのような格好）多分貨物室の出入り口を見たのだろう…そして再び下を向く。
辺りを漂っているのは日用品や建築資材。こう書くとあまり実感湧かないかも知れないが…要は生活に必要そうな樹脂製の茶碗とか、ねじとか、木材の破片（これは集めて新たな資材になる）なんかが有象無象に浮かんでいる、ということである。
彼女の顔のすぐ横を裂けたプラスチック片が通り過ぎていく。ゆっくりと。
…もしかして…危ない？
今現在、タイニィビート号は一応平常に運行している。一度動き出した物体は「何か」が邪魔しない限りその動きを止めることはない。…惑星上や軌道上など重力のある場所だとその重力が邪魔をしてくるから物体は止まる。だが、この無重量空間では邪魔するものはない。だから動き続けるのだが…これがもし何かの事情で船が急停止、なんてことになったらマズルカもろともこれ全部が前方の壁に叩き付けられることになる。
この辺は惑星上と変わらない。猛スピードで飛ばしていたクルマが急停止したら乗ってた人間が前に放り出される。それと一緒である。
ただ…宇宙機というのはそうカンタンには「急停止」できないものなのである。だからまず心配しなくてもいいのだけど。
…ぶつかったら痛いかなあ…。
こうなるとあれだけ大騒ぎして資器材取り出したのが悔やまれる。もっと慎重にやったら良かったのだが。
…そんなヒマなかったしなあ…。
実際、あれだけ大騒ぎしたの結局デブリはぶつかってしまったし。
貨物室の底に着く。ふわりと降り立ってみる。
照明は一定の高さに帯状に設置されている。全体をくまなく照らそうと思ったら全部に点灯しないといけない。しかしそれは非常時の話で、今現在は三分の一ほどしか電源が入っていない。しかも電力を落としてある。だから上を見上げてみると。
…おお…なんか…。
やはりここは水の底っぽい。上の方が照明が明るい。正に…底なのである。
…ちょっとでもやっとくか。
珍しくやる気…になってるのかそれとも観念したのか。その辺を漂っている「何かの破片」っぽい何か（説明が難しいが、布の切れ端なんだかプラスチック片だか、この明かりでは鮮明に判別できない）を掴んで、軽く跳び上がる。コンテナの入り口は少し上にあるのだ。ロックは解除してあるはずだから…あれからポルカ辺りが何もしていなければ…そこへ順次こういった「モノ」を放り込んでいくしかない。
正直めんどいのだが。第二衛星の軌道上に着く前にどうにかすればいいのだが。しかしどうせやるのは自分なのだから…少しはやっておいた方がいいことには違いない。
