「とりあえず…映像のバックアップ、取っておきますわね」
『ああ。そうしてくれ…』
そう言うのがやっと、という状態でもある。
航路上での船内カメラの映像は常時録画を続けることになっている。これは惑星−軌道上でも軌道上−衛星航路でも変わらない。容量の問題で困難な場合は（めったにないが、そんな低スペック）申請することが義務付けられている。それでもカメラの数を減らすとか画質を落とすとかそういった『調整』を当局からかまされるのが普通でもある。つまり、どんな状況でも船内カメラは常に監視を続けていることになる。
その性質上、録画される領域は他から手を加えられないように厳重に保護された区画を要求される。確認したりバックアップを取ることは可能だが、その他例えば画像修正ソフトでいじくる、なんてとてもできないようになっている。他から何らかの「手」を入れることはまずできないようにがっちりガードされている、というわけだ。しかしガードされている、のだが…100%なんてあり得ないというのもまた真実ではある。
なお、一航海終えた後にそのデータは提出を義務付けられている。マズルカたちの場合、第二衛星に着いたら関係書類と一緒に既定のメモリーカードで提出しなければならない。そうでないと上陸許可が下りるまで相当な時間を食ったり多額の罰金を課せられたりする。何度も繰り返すと当局から目を付けられることになり…いわゆる「ブラックリスト」に載ってしまう。当然だがあまり聞こえのいい話ではない。社の信用問題にも関わって来るのだから。
「…ゆーれい…？」
ふと、つぶやくマズルカ。
すると、ぶるるっと震えて見せたりして。
「いや、やーですわね、お姐さまったらまさかそんなあははは…」
「怖いの？」
「そりゃあ…怖くないのですか？ もしかしたら誰か他の人がいるかも知れないんですのよ？」
そう言ってる当人がそもそもそんな存在だったわけだが。
『センサーにそういった事象は感知されていないからそれはないだろうが…うーむ…』
少し、考え込むようにランプが間を置いて点滅する。
『やはり自動解凍に一票、というところだな。それが順当だろう』
「順当って言えばそうだけどさ」
『何かあるのか？』
「んー…」
サブモニタでカメラの映像を流し続けているマズルカ。何度も何度も自分がキャビンから泳ぎ出たり、入って来たり、を繰り返している画像である。
「なんかさ」
ややあごを突き出したような、恰好。両足を抱え込んで浮いているのだが、なんだかいじけているようにも見える。自分の写ってる画像が気に食わない…とかそんなんではあるまい、まさか。
「できすぎてるなあ、って」
「何が…ですの？」
「いやさ、船内カメラにも細かく写ってない。きれいにね。で、あんだけあったヘンな文字も全部消えてる」
くるり、と指で円を描く。
「できすぎでしょ、あたしがいない間に」
「まあ…言われてみれば？」
『しかしそれがどうしたと言うのだ？』
「どうってこともないけどさ」
『現状を確認すべきだな』
ちかちか、と元気よく点灯する。
『我々はあの暗号の答えと思われる文字列を得た。それでいいのではないか？ 大勢に影響はないだろう？』
「そうですわね。あんだけうんうん困ってたのに、ですし。儲けもん、ですわ」
「まあ…まあね」
そりゃあ、たしかにそうなのだが…。
眉をひそめて見せる、という表情である。完璧には納得していない。しかしこのうじゃうじゃした感情をどうにかできる方法があるのか、と言えば…もちろん彼女には。ない。それは相棒にも居候にもなさそうである。その辺のことはもちろん…分かっているのだ。十二分に。自分には到底できないことまでやってのける一人と一個なのだから。
しかし。しかし…。
この…吐き出せないうじゃうじゃもやもやしたコレは…どうする？
が、やがて、ふう、と息を吐く。思い切り。
「やめやめ。そういうの…なんかこだわるのバカバカしい。やめやめ」
