どうやらこのファイルはこれをパスワードとして使用すると
『中の動画ファイルをフルスクリーンにして再生する』
というムダな機能が付いていたらしい。振動機能があればそこまで利用していたかも知れない。もちろんこのフルボリュームの爆発効果音（それっぽい電子音を重ねただけのやけにチャチい音源）も忘れてはいけない。
「…前にもなかった？ こんなん？」
「ですわねえ」
『うむ』
そのせいか慌てる様子もない…二人と一つ。非常に冷ややかな目をしている。
フルスクリーン化は数秒ほどで終了。もちろん再生も止まってしまう。
「…ここまでムダに凝ってませんでしたけど」
『…自動で再生停止からフルスクリーン解除までやるのか。本当にムダなところまで凝っているな』
圧縮された書庫ファイルは三つあるのだから残り二つはどうなるか、試してみようか、ということになる。マズルカは『いいよ、どうせ似たようなもんでしょ』とやはり冷ややかだったのだが…エイブラがとりあえず、と放り込んでみた二つ目（自動整列かけているのでモニタ上では縦一列に並ぶ。便宜上一番上にあるのを一つ目、そのすぐ下のを二つ目、と）では特に何も起きず。最後の三つ目は…一瞬動画ファイルっぽいのが立ち上がったが、やはり一瞬でそれも消えて何事もない、普通の書庫ファイルに戻ってしまう。
「どっかになんかのミスがある…それとも情報の不足かしらん？」
再生ソフトがうまく立ち上がらなかった場合などにこういうことになることはあるのですけれど、とはエイブラの弁。念のためもう一度放り込んでみても、やはり同じような動作を繰り返すだけ。
「コレが一番怪しいですわね」
「今度はどれか一つ…コレが正解ってこと？」
「あくまでカンですわ。フェイクを用意しておくのは、まあ、パズルの基本みたいなものですし」
「…相変わらずめんどいことするのねえ…」
ともあれ、賭けはポルカの一人？勝ちということになる。なったのだが…。
『別にどうでもいい』
とあっさりしたもの。
『特に何か欲しいわけでもなし…こんな身体だしな』
ははは、とやや乾いた笑い。実際、ただの腕輪なわけである。物質的に何か欲しい、というのはまずない。せいぜいいつも収まってる筒をちょっと豪華にしてくれ、とかそんな意味のなさそうなリクエストか…接続されている有線・無線ケーブル類を性能のいいものに替えてくれ、とかやはりそんな意味のなさそうなことくらいだろうか。
しかもそういう物質的な要望にはちとこたえにくい状況でもある。ここは頼めばすぐに届けてくれる惑星上でもなければ物資の豊富な第一衛星上でもない。あるいは時間はかかるがそれなりになら揃う第二衛星でもない。何らかの物質を直接やり取りしようと思ったらホープフルかチーム・フランカーの連中に連絡して接舷してもらうしかない。…こういった小型宇宙機同士でのこのような行動はまずあり得ない。できないことはないのだが緊急時にやむなく、ということになる。
軍用機などの大型機なら接舷可能の機体なんかもあるのだが。…わざわざ腕輪一コが欲しがる部品のためにここまでンなもん飛ばしてもらうほどの余裕なんか、彼らにはない。
まあ、マズルカもあのエイブラも仮に賭けに勝っていた、としても物理的な「何か」を欲しがるわけではないのだが…そこまでワガママ？ではない。
「そお？ んじゃあ勝ちは無効ってことで…」
おいおい。満面の笑みで言うか？ 普通？
『そこまでは言ってないぞ』
「んま、お姐さま…外道なんですから」
「あんたに言われたくないわよ」
結局のところ。『何かあったらポルカ優先』ということに落ち着いた。まあ…妥当なところではある。
パズルと言うか謎かけと言うか。例の三つの書庫ファイルはまたぞろ一旦放っておくことになった。そこまで関わり合っているヒマがない、ということもある。
実は積荷の中にちょっとした実験物が混じっているのだ。いや、そこまできちんとしたものでもなく…学術的な依頼、とかそういうものではない。
…ということ？で？惑星上。
『ジルバ。ハマー様より音声通話が入っていますが』
「ハマー様…ああ、マーレ社の開発主任さんだな。繋いでくれ」
自分の前のモニタに画面四分の一くらいのウィンドウが出現する。
「どうもお疲れさまです。ハマーさん」
『いえいえ、こちらこそお疲れさまですジルバさん。…映像は大丈夫ですか？』
ちら、と隣のアンヘラを見る。…コンピュータのモニタに食いつきそうな勢いで何かやっている。何をやっているかは分からないが、こっちに関わってくることはなさそうだ。
「ええ。例の件ですか？」
『はい。そろそろかと思いましてね』
