トムとの交信はしばらく続いたのだが、本来はただの業務連絡である。お互い仕事もあるし、やることもある。「じゃあまた」ということで交信が切れることになる。
「…もう、大丈夫ですか？」
何が大丈夫か、その辺は謎である。
「ええ、まあ…」
二人が話している間、アンヘラはモニタの後ろに避難？していたのだ。実際、気まずいことこの上なかったのである。なお、サルサはアンヘラがどういうことになっているか、やはりよく分かっておらずあれこれと話しかけてくる。そのためジルバが仕事（別に急ぎでも何でもない）を割り振ることになり…そっちに専念することになったのでひとまずいおとなしくなっている。説明するのもめんどくさかったし。
「あの…ごめんなさい、その…色々と」
「いや、まあ…別にいいです。気にしてないですし」
ため息一つついて席に戻るアンヘラ。…そうだ、メールが来てたのだ、上司のボブ氏から、と思い出すまで数秒あった。
メールの表題：至急返信されたし。
表題からすると緊急性が高そうではある。本文を読んでみる…。
『あれ。アンヘラさん…どうかしたんですか？』
仕事が終わったのか、サルサが声をかける。やはりよく分かっていないような声。
しかし。アンヘラは眉を寄せたまま…難解な命題を前にした哲学者のような、難しい表情。軽く組んだ足を組み直し…それでもちょっと考えてから…ゆっくりと立ち上がる。やはり難しい顔のまま。
『返信…しないんですか？』
「ちょっとね」
言いながら上着をかけたハンガーのある壁の方へ。…さすがにジルバも気になったらしい。
「どうかしましたか？」
ついでに手回り品などが入ったバッグも手にしている。肩から下げるタイプのそれほど大きくはないものだ。
「私…ちょっと外します」
何かあったな、とジルバは確信する。が、職業柄そういうことは言わないだろう、とも納得。
「分かりました。何か連絡があったらそのままあなたの端末に転送しておきます。…サルサ？」
『えっと、あ、はい。了解ですジルバ』
「ありがとうございます。…また、戻ってきますから」
上着をふわりとはおって…出て行ってしまう。その表情は固いまま。
やや…微妙な空気が満ちる事務所内。
「ふう…これでちょっと肩の荷が降りたかな。いや、軽い軽い」
ぐるぐると肩なんぞ回して見せたりする。本心はどうだか分からないが。
『また来てくれますかねえ…？ 戻ってきますかねえ…？』
珍しく？沈んだ声である。
「戻って来るだろうね。それが仕事なんだし」
ああいう事情がある以上、戻って来る…とは思う。確信はないが。
『わ。楽しみ』
「…なんだかんだで結構懐いてしまったねえ」
『そりゃあ、もう。なんだかお姉さまみたいで』
…お姉さま、ねえ…。
本来抱えてきた案件とか、そういうもの絡みではないか、とジルバは感じている。この件の担当になる前に担当してた件がある…とか。一つの件だけにかかりきりになる、というのは少し考えにくい。現在だって他に何か担当していてもおかしくはないのだが…。
…でもそういうそぶりはなかったな。
曲がりなりにも事務所のコンピュータを少しは扱っていたのである。たしかに何かちょこちょこやってはいたがそういったことまではやってなかったような…。
『ねえ、ジルバ。戻ってきますよねえ？』
ちら、と荷物を置いてあった棚の横に目を走らせる。
「戻って来るだろうよ。…さ、次の件の軌道計算とトムの実証実験を詰めておかないといけない。手伝ってくれ」
『はい…』
持って来ていた寝袋はそのまま残っているのだ。あれを残したまま…というのはちょっと考えにくい。
