「よく来てくれたわね。さあ、座って頂戴」
ちょっとくたびれたような印象は否めない（例えそれが新品のように手入れが行き届いていても、だ）。しかしそんな警備局の制服をまるで当たり前にようにきちっと着こなしている女性がにこやかに迎えてくれる。
が…そんな女性の実の娘の対応は非常にそっけない。固い表情のままドアのそばに突っ立っている。
「ママ…あたし忙しいんだけど」
勧められたソファ。この職務室には立派なものが一組向かい合っている。立派と言ってもそこはそれ華美にならない程度の立派さではある。微妙な来客も来るのだ。その辺は考慮しないといけない。
「そう言わないで。お茶は…どう？」
「いらない」
しかし母親は娘の言葉を無視して秘書官を呼び…茶の用意をさせるのだった。娘は娘で激しく舌打ちしそうなほど渋い表情なのだが、何、いつものことなのだろう。母親はやはりいつもの微笑を浮かべたまま、娘が断頭台に臨むような表情でソファの前に移動してくるのを見守るのである。
秘書官のリンダはアンヘラにとっても長いなじみだったりする。一応職務上ということで（そういうことになってるのだろう、多分）澄ました顔をしながら給仕しているが…内心では笑っているんだろうな、ということはアンヘラにはよく分かっている。それほど長い付き合いなのだ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
そして結局はソファに腰を落としてしまうアンヘラだったりする。
「で…今日は何よ」
「あなたのお付き合いしている人たちのことよ」
またか、と口に含んだお茶を吐き出しそうになる。
「まーた…？」
「これでもあなたの母親なんですからね。一応はね。娘のお付き合いしている人が気にならないわけないでしょ」
手元に書類らしきものを何枚か引き寄せる。眼鏡をかけ直す。
「今度は…何？ こないだ何度か行ったカフェのボーイさん？ それとも雑貨屋の店員さん？ 名前も知らないわよ？」
「違うわ」
「まさかと思うけど…ちょっと前に道を聞かれた若い男の人？ その一回だけよ、会ったの？」
「違うわ。違うのよ」
そっと眼鏡を外して…目を閉じる。
「アンヘラ。あなた…一体誰と会っているの？」
少々違う雰囲気を感じる。「母親」の顔ではなくなった、と言った方がいいかも知れない。しかしそれは上司として「副署長」としての顔でもない。
「何のこと？」
ゆっくりとカップを置く。
「ビートエクスプレス社」
「え？」
「職務上の秘匿権は十分に承知しているわ。でも…それを越えているわ、これは。…あの人たちは一体誰なの？」
…ママ？
言おうとして言葉に詰まる。
「いえ、あの会社は…一体何なの？」
「何って、その…軌道上を中心に活動している営利企業で…主に貨物運搬船を運用している…」
「そう。そういう企業は大手から零細までそれこそ星の数ほどあるわ。知ってるわね？ その辺の事情は？」
曖昧にうなずく。軌道上で操船している企業など運搬専門から貨客混合、乗用専門まで数えるのも嫌になるくらいあることくらい、彼女でも知っている。知ってはいるのだが…この場の空気に押された、と言った方がいい。
「登記もきちんと残っているわ」
「…当たり前じゃない」
ピンキリまで様々なため、登記逃れのゴースト企業も少なくはない。が、そういった企業には特有の匂いがある。少なくとも当局に籍を置くアンヘラならそれを知らないわけはない。そしてもちろん、ボブ氏がジルバを呼び出した時にすでにそういった帳簿は全て確認済みだったのである。
「誰が調べたと思ってんのよ」
当然アンヘラ自身が下調べして、間違いないことまで確認している。ジルバに告げたのは他ならぬ彼女自身である。
「あなたの仕事を疑うつもりはありません。ありませんが…気づかなかったの？」
「何を？」
「ビートエクスプレス社を設立したのはカート・クレイマン。そして今のあなたの案件を申請してきたのはクレイ・カートマン。どう？」
