マズルカ・マズルカ The "5th" Day page 10

『あ。帰ってきましたよ、ジルバ』
「…ほんとだ」
　二人？が見ているのは事務所入り口に設置されてあるカメラの映像である。一応防犯の意味もあって（留守中に誰か近づいたりしないとも限らないし）取り付けてあるのだが…事務所のあちこちにはサルサのセンサーも設置してあるのであまり意味はない。不審者はもちろん、虫一匹入り込んでも即座に感応する。あまりにも敏感？に反応するので時々サルサ自身がセンサーを切ってしまうか…感度を落としていることがあるくらいだったりする。
　なお（めったにないが）ポルカが惑星上にいる時はポルカがこういう関係を取り仕切るらしい。二人？の間でそういう風に決めている、とのこと。
「意外と早かったね」
　ちょっと、安心したような表情のジルバ。軽く体を傾けて頬杖をついた姿勢。
『そうですね、でも早い方がいいですよ』
「はは。また騒がしくなるね」

　事務所の一見古風な「電灯」がちら、と点灯する。来客を知らせているのだ。
『…あ、お帰りなさーい。どうでした？　大丈夫ですか？』
　サルサの弾んだ声。
「ただいま。ん。まー…なんとかね」
　…平常心、平常心。
　カチ、と音がして入り口の鍵が開く。肩に引っかけていたバッグを軽く背負い直す。
　…聞いちゃったもんは仕方ない。うん、仕方ない…。

　事務所の中はコンピュータ関係のファンの音と…そして常時開放してある軌道上との交信用のカンパニーコールの、どこか虫の羽音にも似たごくごく小さな音がする。元の職場である警備局だって似たような雰囲気なのだが、こことはどこか違うような気もする。何が違うのだろう？
　一般企業と官公庁、そういう単純な差ではないような気もするけども。
「ただいまです」
「お帰りなさい。…荷物は片付けてないですよ、そのままにしてあります」
「ありがとうございますね」
　こないだまで普通に腰かけていた椅子である。
　…なんか…なんだろ…こんな椅子だったっけ…。
　もちろん一種の錯覚である、ということは十分に分かっている。分かってはいるのだが…。
『おかえりなさい』
「はい。ただいま。…ってあれ、さっきも言わなかったっけ、私？」
『そうでしたっけ？　うふ、でもいいものですよ、こういうの』
「そうね、まあ…いいかな、こういうのも」
　腕を大きく天井へと伸ばし…伸ばしに伸ばして肩も伸ばしてしまう。
　…ただいま。うーん…。

　…はあ。

　…意思転移、ねえ…。
『クレイ・カートマン＝（イコール）カート・クレイマンってこと？』
『正確にはちょっと違ってるかな。クレイの意識を意思転移でカートに移し続けて現在に至る、ってところかしら』
『ビートエクスプレス社を創設したカートが…ミメット？　それも…クレイの意思を持ってる？』
『可能性の話だけどね』
『…そんなこと可能なの？』
『実例としてはまずあり得ないわね。複数回意思転移を繰り返した、なんて。リスクが大きすぎるし、大抵は一回やったらそれでオッケーだから』
『それで…そんなカートが作った会社だから、その…』

『社員だってミメットかも知れない。そういうこと』

　あくまでわたしの見解よ、確証も何もないのだから。でも…頭に入れておいて、と。
　…ヘンな話、聞いちゃったなあ…。
　マリナはさらに調べてみる、とも言っていた。何か出てくるかも知れない、ということなのだが…。

『…やっぱり、何か色々言われたんですか…？』
　心配そうな声に、ふ、と我に返る。
「ん？　ううん、何でもない。なんでもない…の。うん。大丈夫なんだから、ね？」