「ええっと…手順は…っと」
エイブラがぺぺぺ、とマニュアルを探す。
「ありましたわ。これですのね」
「…ほ」
「あら。へえ…圧縮混合金属の…金属疲労の調査もありますのね。時間的な経過による疲労度合いを知りたい、というところでしょうか。なかなか興味深いですわね、お姐さま。あまりありませんものね、こういうのって」
「あう」
「手順そのものは…まず試験体を視覚的に確認。疑似自然光下での視認ですわね。それからセンサーの微調整を先にかましておいて…機器そのものは既存の高感度センサーですわ。いつも使ってるアレですのね。それへ試験体をセット…」
「……」
「数値を読み取る。同時に疲労度合いの検査を…？」
「………」
「寝るなあっ！」
どこぞの恐怖映画よろしく（うかつにこういうこと言うとどっかの誰かがマジなツッコミかましてきそうだが）首を後ろへがくん、と垂らした姿勢のまま…エイブラがそのあごへ手の甲でもって下からすくい上げるようにツッコミの一撃。
ただし惑星上のように椅子に座っていたわけではないのは、言うまでもない。
エイブラが、一応コンソールに向かいながら、しかし浮いているので顔の向きだけそっち、とかそんなもの。その後ろからマズルカが腕組みながらのぞき込む、という構図だったのである。しかし…当のマズルカはじょじょに後ろへ後ろへ、と体重から首が垂れていき…やがて眠りの世界へと誘われていった、ということである（もちろん浮きながら）。そこへエイブラが下からの一撃かましたのだから、これはもう回る回る。
マズルカにとっては後頭部へ向かって体が引っ張られながらの回転、という…遊園地のアトラクションのような状態になっていたりする。
止めるには、いや止まるにはマズルカ自身がどこか何かを掴んで回転を止めるしかない。…なんとか掴んだのはポルカの収まっているあの筒である。
『おいおい』
さすがに迷惑そうな声。もちろんそんなもの気にするマズルカではないが。
「ああううう…」
こういう業界の、それも現場に生きる者はこういった『いきなり回転』とか『突然の身体移動』とかそういった物理的に無理やり身体を動かされる、という挙動には慣れている。通常の、無重量ではない惑星上や軌道ステーションが生活の中心な者なら何らかの身体的異常が出るとしても…問題ないほどなのである。職業的に耐性がついてしまっているものなのである。
平たく言えばこれくらいなら吐いたりしない、ということでもある。無重量未体験の者がいきなり無重量状態に放り込まれると、十中八九、吐く。
「う、うげええ…」
「吐かないでくださいまし」
「そんなことするかあ…」
「まあ、頼もしいこと」
もちろん口調は氷のように冷たい。ついでに見下ろす目つきは虫けらを見るそれとほぼ同じである。
「…せっかく寝る前に食べたのに、もったいないじゃない…」
あーさいですかそうですか、と突き放すエイブラ。
「ではマニュアルもありますし、後はお姐さまにお任せしますわ。…それじゃ」
「え？ え？ どっか行っちゃうの？」
「…当たり前ですわ。寝るんですの、これから」
「えー？ わたしぃ、一人でぇ、こんな難しいのぉ、できなーい」
きらきら。
「……」
『……』
「後はお願いしますわ、ポルカ様」
『ああ、うむ。めんどくさいが、仕方ないな』
「ちょ、ちょっと待ってスルーはやめてスルーは。せめてなんかツッコんでからにしてよ、ねえってばー！」
マズルカの切なる願いもむなしく、振り返りもせずにエイブラは寝棚の方へと泳ぎ去って行ったのだった。
「…あーもう…はあああ…」
