「ちょっと…アレですわね」
手を休めて、少し考え込むような仕草。
「アレって何よ」
「とりあえず…惑星上のジルバさんに通信入れておきますわ。あっちのサポートが必要になりそう、ですし」
「なんかコワイわね」
…船内監視モニタに異常は…なし。
「何もコワイことありませんわよ、おほほ」
「それがコワイっつーの」
今すぐどうにか、という話ではなさそうではあるのだが…？
「…ポルカが落ちたあ？」
惑星上。ビートエクスプレス社。
「落ちたって…落ちたあ？」
思わず立ち上がって天を仰ぐような格好になるジルバ。恐らく現状の「困難」を最も理解しているのが彼、ということになるだろう。ポルカがダウンする、ということはつまりタイニィビートはシステム的に野放し状態になる、ということを最もよく分かっているからである。ケリーの心配は相応な意味で的中していることになる（彼女もそこまで深く考えていたわけではないようだけど）。
「それ、ヤバいな…今は良くてもそのうち弊害が起き始めるな…必ず」
インカムのマイクを手で押さえながら、机の上の帳簿や冊子を取り出しては…ぺらぺらとめくっていっては何度も頭を抱える。
「ヤバいんですか…？」
今一つ分かってないのはアンヘラ。隣のコンピュータを何やらいじっていたが、さて？ といった感じで首をひねっていたりする。
「ああ。ヤバいね。今まで以上だ。…サルサ、データの中にある君のメンテ情報全てとポルカのメンテ情報全てを比較してみてくれ」
『了解です、ジルバ。…わたしのも？』
「うん。比較の意味もあるからね。設計図なんかないからな…まずはそこからやってみないと。それから過去の障害情報も」
『分かりました。どれくらい遡ります？』
「とりあえず、できる限り。とにかくどんなでも情報が欲しいんだ。そうだ、内部をいじったって言ってたな…ベータコネクタかな…さすがだな、よくあの形式に辿り着けたな…じゃあ、詳細なデータを、できるだけ細かいデータをこっちに送るようタイニィビートに通信してくれ」
「だ、そうですわよお姐さま」
「相変わらず心配性ねえ、ジルバってば」
ふふん、とまるで意味のなく胸を反らして見せたりして。
「特に何もなってないじゃない、ねえ？」
『…ねえ、じゃないわよ』
モニタの向こうからはケリーの呆れきった顔。
『これから何か起きるんじゃないか、ってことでしょ？ ほんとはヤバいってことでしょ？』
『そお？ 今までだってなんとかなってたみたいじゃない？ これくらい大丈夫なんじゃない？』
爪の先を、ふっ、とか吹きながらセラ。
『…あんたんとこの環境整備から航法管理まで、全部のシステムが一度にダウンしたらどうすんの…どうなんの？』
ふ、吹いた形のまま固まる唇。
『で、でも、そんなことになったら警報鳴りまくるでしょ、それこそおおごとになって大変なことに…』
『警報とか即座に必ず鳴るってもんじゃないわ。ゆっくりと事態が動いていく、ってことだってあるの』
『そ、それに…もしそうなったらバックアップが…』
『どこにポルカのバックアップがあんのよ？』
『マジー、思ってる以上に大変なことになってるはずよ？ ジルバは？ なんて？』
「んー、まあ…情報送れって」
『そりゃそうよ、あっちだって全然情報ないんだから。…エイブラ？ あんたがしっかりしてない…と？』
今一つ緊張感のない当の船長と完璧に他人事の僚船？の船長は置いといて、とりあえずアテになりそうな方に声をかけてみたのだが。…マズルカの背後に何か作業をしているエイブラが写り込んでいる。ポルカのあの小さなカバーを外して端子を差し込み、接続している手元のタブレット端末の、映し出されているその一点をじっと見つめている。その姿は…正にベテランの専属エンジニア、なのだが…。
ケリーはなんとなく察してしまった。…やっぱりヤバいんだ、本当は。
エイブラの様子がいつもと大分違う。やや顔色が良くない、ようにも見える…？
『ねえ、エイブラ…』
振り向いた顔に笑顔が張り付いている。いや、貼り付けている。
「あら。だいじょうぶですわよ、だいじょうぶ。どうにかなる…でしょうし…ええ、だいじょうぶ」
