『あんた…』
「ええ、大丈夫。大丈夫ですわよ？ なに、何とかなりますって。ばびゅーん、とかそんな感じで」
口では明るいことを言っているようだが…。
『何か、こっちでできることない？』
「え？ いや、別にそこまでして頂かなくても…」
『…エイブラ』
静かな口調である。大変に静かな口調。穏やかな湖にも似た…静けさ。
「…ケリー…？」
マズルカが、ごくん、と息を飲み込む。…もう一枚別のモニタではやや顔面蒼白になってる娘がこっちを凝視していたりする。…こういうまとも？な顔もできるのか、この毒吐き娘は。
『エイブラ、よく聞いて。これは航路上の鉄則。誰かが困難に遭ったら助ける。そして自分が困難なことになったら周りに助けを求める。そうでないと進むものも進めなくなる。…あなたがタイニィビートでここまで飛んで来られたのは…あなた一人の力？』
無言で首を横に振る。
『そう。タイニィビートはあなたとマジーとポルカが直接的には動かして…惑星上でジルバとサルサがサポート。それにたくさんの人たちが関係してる。そんな中であなた一人が情報を止めてしまうと…それじゃ何もできなくなる。分かるわね？』
こくん、とうなずく。
『大丈夫。みんないるから。さあ、何が分かったの？ 話して頂戴？』
「はあ…」
…いやー…あたしにゃ無理だわ、こんな説得。
と思ってる直属の貨物船船長と
…こういうのは…うん、ケリー向きねえ…。
とやはり思ってる別の貨物船船長。…認めてるんだかそうでもないんだか…。
「あの、それは良いのですけれど…ちょっと、無理っぽいと言うか…」
当のエイブラは半分笑顔の半分くらい困惑した表情になってしまっている。なんだかちょっと様相が違ってきている…？
『…え？』
「いや、本気でどうしようもできない、と言うか。現時点でこの現場でどう、と言うのが…ちょっと」
軽く咳ばらいを一つ。
「こほん。えー…ポルカ様の停止状況に対して必要な対処法が、ですね、その…スペック的に国家の研究機関レベルの処理速度を有する機器とかで…ああ、そういうのは最近は接続環境や認可作業さえうまくいけばどこの軌道関連企業でもさほど問題なく利用させて頂けるものなのですけれど…そういうのが最低限必要なわけでして。でも、この航路上から惑星上にアクセス、というのはかなりのリスクがありますし。いえ、接続して処理してもらうのは問題ないのですけれどタイムラグと他への共有性とでも言いましょうか、よそからちょいと覗き見…なんてのがカンタンにできる状況なのですわ」
『グラブされるかもってこと？』
「はい。可能性としてゼロではない、ということですわ。ご存知の通りこの業界においても情報のだだ漏れは避けたいところ。特に船内の重要システムに直結しているポルカ様、となると…何かあった場合がちょっと恐ろしいのですわ。何しろ悪意ある存在にバックドアなりウィルスなりを仕込むスキを与えることになりますし。そういうことはなるべく避けたい、と」
『暗号化できないかしら…？』
「それには相手との綿密な相談が必要になりますわ…時間が足りませんわね、圧倒的に。こんな重要な案件に既定の暗号というわけにもいきませんし。相談不足で受け手と送り手の認識にズレの出た暗号なんて意味ありませんわ」
「現状、この三船で何ができるか、となると…物理的にどうこうは難しいですし…かと言って電子的・データ的に、と言われましても。何ができるか、となりますと…？」
『難しいわね』
「そうですわね」
うーむ、と考え込んでしまった。そんな二人に対してこちらの船長二人組は。
「ねえ、あたしら…いなくてもいいってか…？」
『そーみたいね。どうせ分からないけどね…何言ってるか、とか』
「じゃあ歌でも歌っとく？」
『…なんでよ、そんなことしてたらまたぞろケリーに…』
「そんじゃあ踊るか」
『アホか』
そこへ電子音が鳴る。惑星上からの通信…ジルバからである。
惑星衛星間航路では即座に通信、というわけにはいかないのはこれまでも何度か述べた通り。ではどうするか、と言えば「動画おてがみ」を作成してお互いに送り合うのも前に述べた通り。そのデータが送られてきた、ということは…。
「なんかいい考えでも浮かんだのかな…？」
