もちろんすんなり結合できたわけではない。
まず送信されてくる「サルサもどき」のデータである。これの受信に時間がかかる。ジルバは『1時間くらい後にー』とか言ってたが、それは送信が開始される時間である。その後15に分割されたデータが順次送られてくるのである。そんなこんなですんなり行くわけはない。
「…まだあ…？」
データを受信する時にモニタ上に出現してくる「バー」つまり棒状の進捗状況を表す一つのサイン。それが右端まで来れば受信完了、ということになるのだが。
「まだです」
さっき受信を始めたばかり。左端にちょろっとだけ見える程度。しかも一コ目。あと14コも送られてくる。
「もう…いいよね？」
何がいいんだかよく分からん、というものである。受信し始めたばかりのこんな不完全なファイルでは何もどうしようも、ない。
当然だが直接通信にすらタイムラグが出るような距離にいるのである。そこへこれだけデカいデータ（これでも相当にコンパクトに改変されているはずなのだが）送る、となると一体どれだけの時間が必要になるのか…。セキュリティ上ヤバそう、というのもうなずける。こんなのいくら暗号化されている、とは言っても途中で手を出すことは十分に可能、というものである。さっさと送ってしまえればたしかにそういう脅威に関わる可能性は減る。
それでも他に良い方法があるわけでもなく。
「よくないです。全部来るまで待ちます」
と、エイブラも当初は15コ全部送られてくるのを待つつもりだったのだが。
「…お、おねえさま…」
「…寝る？」
「あい…すみま…せん、もう…げんかい、です…あと…おねがい、し、ま…す…」
考えてみればあの騒動の時からこっち、全然寝ていないのだ（本来の当番はマズルカで、エイブラは騒動で起こされた側）。いくら火急の用とは言えさすがにキツすぎる。一体どれだけ起きていたことになるのか。…マズルカだったら途中でなんだかんだ理由つけて寝棚に直行していただろう。
ふらふらと泳いでいくエイブラを見送って。うむ、と少し考えるマズルカ。
…解読、しとくかなあ…。
現状では3コのデータが目の前のモニタに並んでいる。こういうデータを処理（今回は結合）する場合、全てが揃ってから対応するのが原則である（もちろんあくまでも原則なので、そうでない場合もあるにはある）。しかしそうも言ってられない状況にいつ陥るか分からないのも現状である。まだ重篤なシステムダウンとかそういうことにはなっていないが…いつそうなるかは分からない。
『何かあったらすぐに知らせなさいよ』
ケリーはそう言って通信を切った。一定時間で連絡を入れる、とも言ってくれた。カルスのチーム・フランカーの方も三人持ち回りでやはり定期連絡を入れるようにする、と。その時に通信できないような事態になっていたら緊急事態を宣言するから絶対に出なさいよ、とセラにも言われた。緊急事態を宣言する、ということはつまり公的な機関への通知も含まれる。そんなことになったらおおごとではある。
実際、ついさっきケリーに続いてミヒャエルからも連絡が入った。特に何かあったわけではないので、普通に定期連絡になってしまったが…。
何か起きないとも限らない。そういうあまり考えたくないことになる前にできるとこまでやっておく、というのは決して悪い手ではない。
「少し、やっとくか」
ロック、鍵かけの意味もあって送られてきたデータは書庫ファイルになっている。パスワードは「今回の航海用」ということであらかじめジルバと決めていたパスワード。一航海ごとに事前に決めておくのである（もちろん同じパスワードを使い回すようなことはしない）だからこれを解凍すること自体は問題ない。問題は解凍した後に暗号化されているファイルを解読し…そして結合することである。
それには15コ全部揃っていないと意味はない。だが、暗号化の解除くらいまでできれば…とまずは解凍を試みる。
「えっと…パスワードは…」
当たり前だが一種の最高機密だから紙に書いておく、なんてことはしないしどこかのテキストファイルに残しておく、なんてことはしない。船長のアタマの中に置いておく。つまり…マズルカが覚えてないといけない、のだが…。
「あれ、違ったかな…」
別に間違っても爆発したりデータが削除されたりするわけではない。ただ、何度も何度も入力しないといけないのでめんどいだけである。
………
「あうー…やっと正解だ…」
一コ目の解凍が何とか完了したのは7コ目の受信が終わったくらいの頃だったりする。ちなみに「今回の航海用」パスワードは2種類ある。モノによっては（めったにないが）2種類を放り込まないと実行できない、とかそういうのも用意することもあるからである。そして当然ながら2種類のうちどちらを使ってくるかは分からない。ジルバに聞けば分かるだろうけど、そこまでめんどくさいことするくらいならパスワード放り込んだ方が恐らくは早い。
「…もう一つの方か…」
二コ目のファイルではいきなりエラーが出た。一コ目で散々間違ってやっと出たのと同じ正解パスワードを入れてみたのだ。と言うことはもう一つのパスワードを使っていることになる。
「何だったっけなあ…」
さて…と記憶の奥底から掘り起こそう、としたその時。
が・こーん……
何か、どこかで妙な音がした。何かは分からない。
