The "7th" Day
そんな狂乱の去ったタイニィビートはただ虚空のような空間を進むのみ、である。
…それにしては船内が静かである。二人ともくたばった、にしては…なんだか様子が違うようである。船内のシステムがきちんと？動作している。目立った異常が…見受けられない…？
実は管理権限を一時的にチーム・フランカーのワイヤ・テラー207号に移譲したのである。しかしこれは裏技中の裏技で、法的にもスレスレ、あるいは限りなくアウトに近い行為ではある。軌交法では各船舶には特定の管理者を定めるべし、としている。責任を負える特定の人物もしくは意識体を航海前に申請して登録しておかないといけない。言うまでもなくタイニィビートの場合はマズルカである。…他社の…チーム・フランカーのカルスなんかだと航海ごとに船ごとの管理者が変わったりするが、その時もほとんどの場合は船長がそれを担う。そうでない場合は…何らかの事情で船長の権限を削減したい場合か…ド新人の船長を研修で乗っけてる、とかそんなもんだったりする。
しかしいずれも航海前に申請しておくのが常。そうしていない、航海中に「管理者を変更」というのはさらに限定された条件下、つまりよほどのことがないとでしか行えないのが慣例である。例えば…船長が急死した、とか。いきなり意識を失った、とか。そういう場合は周囲に緊急事態を宣言しておいて（無論特信で）さらに管理局にも伝える必要がある。ただし、これをやると後に必ず当局の事情聴取や査察が入ることになっている。
今のタイニィビートだとちょっとそれはマズいのだ。エイブラが乗ってしまっているのだから。何もなくても現状では第二衛星に着いた時点でかなりややこしい話になるはずなのである。それに輪をかけるようにもっとややこしい状態には正直したくない。恐らくかなりの時間を食うことになるだろうし。それはちょっと、いや、かなりめんどくさいことになってしまう。
が、こうでもしないとタイニィビートの二人が参ってしまう…と、ケリーが判断したのである。やはり休みは重要なのである。結合作業まで終わった「サルサのかけら」の起動はひとまず置いておいて二人の休養を優先させることにしたのである。
じゃあケリーの乗ってるホープフルの方に移譲すれば…と思うかも知れないが、こっちはこっちで船内環境維持や操船業務などをケリーとルークがそれぞれにやっているのである。暗号解読で知力と体力削られまくった上にまた別の船の…となるとやはり話がややこしくなる。そこで人員的に余裕のある…それでもやるべき仕事や作業は人員分ぎりぎりまであってカツカツではある…チーム・フランカーで、というようになった（セラが解読・結合作業の時になんだかんだであまり役に立たなかったこともその一因であるとかないとか）。
遠隔操作でタイニィビートの操作を行う。マスターパスワード（片方だけ）やマズルカ自身の操作により一時的に最低限のシステムの一部のみを外部に開放した形になる。当然セキュリティ上問題ある行為だし（法令上あまり好ましくない理由の一つはここら辺にもある）一方的な操作となってしまうが仕方がない。最低限の生命維持にパワーのほとんどを振り分ける。それでも長くは維持できない。細かい調整なんかできないのだ。どこにどんな負荷がかかるかも分からない。
「あうー…もう起きる時間…？ はや…」
あらかじめかけておいたタイマーはすでに鳴り終わっている。
「…はわう…はあ…むにゃ…」
寝棚は三段ある。元来は三人乗りまで可能な船ではあるのだ。…これも一段分は予備、ということである。通常なら船長格と操縦士格がそれぞれ一人いれば操船に問題はない。従来ならマズルカとポルカだけだから一段分だけで済んでいた、ということでもある。なお、タイニィビートは貨物船なので「乗客」は認められない。が、荷物として運ぶモノの中には運搬中も誰かが「管理」しないといけないモノもあったりする。そういう場合は「保全管理者」を事前に申請することになる。そのための「客室」も存在しているというのは前にも述べたと思う。が、こちらはまず使うことはないので物置と化していたりする。
「じゃあ…とりあえずあたしが…起きてる…から…」
上段のマズルカが寝棚でぐるりと回転する音が、下段のエイブラの方にも聞こえてくる。…まだまだ眠そうですわねえ…。
「お姐さま？」
「…はーう…」
「お姐さま、お姐さま？」
「……」
やがて呼びかけにも反応しなくなってしまう。代わりに低いいびきまで。
「あー…ダメだこりゃ。とりあえず私が起きてます…ええ、起きてますわ…はわうわうわ…ねむ…」
寝棚を何とか這い出し…キャビンへと泳いでいく。
通信機を起動し…まずはチーム・フランカーへ。セラとミヒャエルが出てくれたのでお礼と権限委譲を解除してもらう。
「ありがとうございますう…はふう…」
『ちょっと、あんた大丈夫？』
「ええ、まあ、ちょっと起動に手間取るんですの…」
『何だそりゃ。一世代前のコンピュータか』
「うわー、いいですわねえ…ビンテージ物…」
なんだか頭が座ってないようにも見える。妙な方向へ慣性が働いているのか、頭があっちへふらふらこっちへふらふら…。
「大丈夫なんかな…」
さすがのミヒャエルも不安そうである。
「とりあえずは…大丈夫なんじゃない？ あのコが起きててくれるみたいだし」
「まあ…それなら…な」
「念のためにちょっと注意しときましょ。通信切らないでモニタから目を離さないで？ マズルカが本格的に起きてくるまで…って、ちょっと、エイブラ？ そんなとこで寝ないでよ？」
