「…あら」
ふ、と目を開けて…。
「私としたことが。こんなところで眠ってしまうとは…寝汚いお姐さまのことを言えませんわね」
キャビンの中である。居眠りするには、ちょっとばかり居心地が良くない。何せベッド（寝棚でも可）はもちろん身体を固定できるところが全然ないのだから。なお…上下左右の感覚が希薄となる無重量空間で意識を失うと、人はなぜか丸くまってしまうものらしい。エイブラも両肘両膝をくっ付け、頭を抱え込むような姿勢でゆっくりと縦回転で漂っている最中に…目を覚ました。
実際にはそんなに長く眠っていたわけではないのだが…。
「なんだか…疲れが取れてませんわね…」
軽く肩を回してみたりしている。ああ、そうだ、私が目を覚ましたことをフランカーに報告しておかないといけませんわね、色々お任せしてるのですから、とメインモニタの方へと泳いでいく。
「あら…？」
そして翡翠色のアイコンに気付く。まっとう？なアイコンになっている。
「結合だけが終わってるはずでしたのに？」
通常の起動ができない状態だったのだ。そういう場合はアイコンに疑問符のようなマークがつく。それが消えている。
「…んむ…？」
『………』
「起動しているんですの…すでに？」
スピーカーからは途切れ途切れの音声。
『…わ・わー…わたし？』
「分かります？ ここはタイニィビートの船内。惑星上から遠く離れた場所。あなたは…どなたですの？」
『わ・わた…わたし。わたし、サルサ。サル…サ』
「そう。あなたはサルサ。お兄様のお名前は？」
まずは軽く探りを入れてみる、といったところか。
『お・お・お…兄さま。おにい…さま。それは…ポルカ。そう、ポルカ』
…なんか声が少し低いような気がするのですけれど。
前にちょろっと聞いた惑星上からのサルサの声はもっと明るくて女の子っぽかったような…。
『ポルカはわたしの兄。そう…兄です。マイブラザー。マイホープ。それは愛。そこは譲れない…』
…は？
…なーんか…妙なことになってませんこと？
「んん。サルサ、サルサ？ それではまずは船内の状況を確認して、それから維持作業を開始して頂きたいのですが？」
『もちろんですよ、お嬢さん』
…お、おじょーさんって…。
『その前に…マイブラザーの状態も確認しておきたいのですが？』
「ポルカ様は今はうんともすんとも仰いませんわ。内部スキャンもろくにできないような現状ではちょっと…」
『な、なんということでしょう…マイブラザーが…危篤…』
「きとく？」
あながち間違ってはないけれど、何かどこか間違っているような。
『ああ、これが天の与えたもうた過酷な試練というものでしょうか。…いやしかし、壮絶な壁を乗り越えてこそ愛が輝くというもの！ さあ共に手を携えて愛の確認を…！』
…電源ぶった切ってやろうかしら。
せっかく起動したし。システムに一気に障害が出る可能性が高いから、そんなこと本気でするつもりなぞもちろんないのだが…。
「愛はともかく。先にタイニィビートの状態を立て直しませんと。そうでないとポルカ様も何もどうにもできませんことよ？」
『は…合点しましたよ、お嬢さん』
「そのお嬢さんというのはやめて頂けますかねえ…なんか、あんまり、ちょっと…」
『ではマイスウィーティーというのは』
「お嬢さんでいいです」
『わたしのことはお気軽にサルーとお呼びください…マイハニー』
「誰がハニーですの、それもやめろっつーに…なんでマイだの愛だのを付けたがるんですの？」
…思ってた以上にめんどそうですわね…。
送信された際に何らかの「異物」が入ったのかも…と少し疑ってみる。そこでこっそりサルサ（サルー）をスキャンしてみたのだが、それっぽい痕跡は認められなかった。それでも順当に作業を開始している様子ではある。やることはしっかりやっているのである。その辺はやはりサルサか、とも思うのだが。
…あれですかね、こういう性格もサルサの中には存在していた、ということなんですかねえ…。
サルサ全部丸ごと送ってきたわけではないのだから、その一部だけ…ということで隠されていたサルサの本性の一部？が「男装の麗人」みたいなものとして表に出てきたのではないか、と。
