「そうですか」
あまりこだわる様子も見せないアンヘラ。なのだが。
「クレイ・カートマンとは…関係ないんですよ…ね？」
モニタから目を離さず問いかけてくる。
少し、空気が違うような…変わったような気がする。
警察官という職業上の特性、とでも言うべきだろうか。独特で特殊な雰囲気をアンヘラは時々醸し出すことがある。これは恐らくは当人も気が付いていないだろう。しかしその一種強迫的でしかも緊迫感をまとった表情や仕草は…なかなかに緊張感を強いるものではある。
それでも
「…ええ」
やはり間を置いて、そう答える。…ウソは…ついていないしな。
「そうですか。…そうですよね」
こちらを向いて、ニコ、と笑みを浮かべる。その笑みは…。
『…そろそろ今後のこと、話しておきたいのですがー…？』
さすがのサルサもなんかミョーな空気だ、と気づいている。気づいてはいるのだが、彼女にはどうしようもない。
「ああ、そうだね」
「そうですね」
二人とも顔を見合わせ…笑顔でうなずき合う。ただし、片方はこの問題でどこまで役に立てるか…ちょっと、いや、かなり謎だったりする。
『情感回路の増幅開放…ですか？』
「現状で試してみるのはそこかな、まずは」
すでに何度か目の前のコンピュータ達の間を行き来している。その都度熟練のピアノ奏者のごとく指を操り、さらに頭を使って様々な作業をもこなしていたりする。
「例えば。君たちとこのコンピュータとの間には実はそれほど大きな違いはないんだ」
言いながら椅子を滑らせて…二つ隣のモニタの前に器用に止まってみせる。
「スペック面ではね」
『でもわたしとこの方たちが一緒、というのは…』
「なんか気に食わない？」
『気に食わない、と言うか…そう、それです。今ジルバが、しゃーーーって滑っていきましたよね？ じゃあジルバの足とその椅子の脚って一緒なんですか？』
ちなみにサルサはオフィス内のカメラとネットワークで繋がっている。つまりは『目』があるので『見る』こともできるし『耳』もあることになる。
「一緒だよ」
しゃーーーっ。
「移動する、という観点からは一緒だね。…僕が言いたいのもそこさ。君の感覚器はこの社内では電子ネットワークに依存している。それぞれ…『目』『耳』と『カメラ』は一緒、ということになる」
『まあ…そうですね』
「でもそれだけが君を構成している全てってわけじゃないだろ？ 君ができることは他にもまだまだある。そしてそれは君にしかできないこともある」
何やら操作して、右隣りのモニタ前へ、しゃしゃっと。
「あくまでも構成している要素の一つが『スペック』であり『目』であり『耳』であり…その他もろもろってことさ」
「ああ、なるほど」
ぽん、と手を打つアンヘラ。
「その一つが…感情、ですか」
「ええ。月並みっちゃあ、月並みですけどね」
「その感情を支配しているのが情感回路ですか」
「いえ、それだけじゃあないんですが…まあ、メイン回路みたいなもの、と思っておいてください」
『………』
「あら。よく分かってない？」
『うーーん…なんか、ちょっと…？』
「あなたでも分からないこと、あるのね？」
『そりゃ、そうですよ。わたしだって全知全能ってわけじゃないんですから…もう』
「ぜんちぜんのう、か…」
「…何か？」
「いえ。何でもないです。…じゃあサルサ、増幅開放の基礎演算から始めようか。僕がやったら何週間かかるか分からないよ。でも君なら一瞬だ。頼むよ？」
