「情感回路の増幅…かあ…」
下唇に、指を添えて、考え込む姿勢。
「むつかしいの？」
「それほど難しいもんでもありませんわ。すでにあるものに手を加えるだけですから。…何なら手始めにこのどくされスピーカーの情感回路でもちょちょっといじくってご覧に入れましょうか？」
『…ほ？』
ヘンなところから出た声。
「あ、それ面白そうじゃない。やってみてよ？」
「ええ。ではまず…ってオイ」
コンソールの上を滑る、指。その瞬間にまるで無数の指が見えた、気がする。
「逃げるな」
もちろんサルーを物理的に捕まえることなどさすがのエイブラでもできない、相手は言ってしまえばタダのデータの塊、である。
エイブラがやったのはデータ的に「囲い込む」といったところだろうか。実体のない相手なだけに、やろうと思えばサルーはその「存在」そのものをどこかのデータに紛れ込ませてしまうこともできる。データは何でもいい。観測データでもいいし機関の駆動データでもいい。
何なら実行系のプログラムにその身を寄せる…なんてことも可能だろう。
普段こういうことをやらないのは、一つにはジルバがこっちに送り込んでくる時に一種の「縛り」として思考ルーチンそのものから禁止を施したから、でもある。つまりはそういうことを思いつかなくなるようにした、とも言える。ただ、これには姉？であるサルサの影響もあるかも知れないが。
しかしその「禁止事項」にも関わらずここまでしてしまう、ということはやはりかなり追い込まれてしまった、ということになるのだろうか…対してエイブラは着実にサルーの行動を封じるべく一種の「壁」でもって囲い込んでいく。
『いや、マイハニー、それは、その…』
「別にあんたの存在丸ごと消そうってわけじゃあ、ないんですのよ？ ただただこれは船長でもあるお姐さまのご命令と、そして純粋なる知的好奇心から湧き出るそれこそ無垢なる技術達成欲求そのもの。それを阻むことは…誰にもできませんわ？」
『いえ、その、マイハ…いえ、エイブラ様、どうか、どうか、お慈悲を…！』
「はあん？ 聞こえんなあ？」
タタタン、と連続してキーを叩いて見せる。…最も、仮想キーボード、つまりは機械式のように音が出たりするわけではないのだから、まあ、この辺は雰囲気、ということになるのだが。
「もっと…そうねえ…ブタらしく喚いてみるがいいですわっ！」
最後の一押し。
『あーっ！ あーーー…あ、あーーっ！』
機械の絶叫である。
「いや、まあ、別に大したことしてないんですけどね」
「そなの？」
「情感回路、というのは人間で言うところの感情を司る…有体に言えば『心』なのですわ。ただ、この方たちの場合はそれが『回路』という存在でもって実在している、ということだけなのですわ」
『……』
「…なんかしゃべんなくなったわよ？ 大丈夫？」
「問題ありませんわ。このどくされの場合はもちろん実体がありませんからデータ上に仮想回路を構築しておいて、ということなのですけども。それへ手を加えただけで…」
『が、がががが、が』
『うむ、ふーむ、ふーむ、ふーむふむふむ』
『あとたにええあてまたれなたがおかおおおいぇたたたた』
「ほら？」
「いや、思いっきりヤバそうじゃない」
「そうでもないんですわ。えっと、ほい」
『…は！ わた、わたしは…一体何を？』
「復元かませばこの通りですわ。ただ…」
「ただ？」
「ポルカ様の場合、主たる情感回路は恐らく物理的に存在している可能性が高いのですわ。さて、それを…発見できますでしょうか…？」
