「何をおしゃってますの？ 惑星衛星間通信とか他船舶への通信ならともかく。ほぼゼロ距離の船内通信に調子悪いも何もないですわよ」
『でも、なんか…さっきからざりざりって』
「？ こっちは何もないですわ。もう…とっとと作業してさっさと接岸してくださいな」
まったくこの船長は…とでも言いたげにさっさと通信を切ってしまう。
「ほんとに、もう…あの方は」
なんかイヤな感覚があって起きていたエイブラ。とりあえずキャビンの中を頭からぐるぐる回りながら携行用のタブレット端末に目を落とす。
「…特に通信系統に乱れはありませんわね…？」
それどころか電気系統から船内アクセス状況、全てにおいて特に問題は見受けられない。それに
「なんですの、ざりざり、って」
よく考えてみればそんな前時代的でアナログな雑音が、このデジタル的細密設備に入り込むことなんかできるはずはない。…じゃあ、あのぐーたら船長の耳がおかしいってことなのか、それとも…？
「いずれにしてもあまり良い状況じゃあ、ありませんわね」
船外モニタをぐりぐりと。一応自動で追尾するようにしてあるから、ちょいと調整すれば船外作業服で、多分今は水…と思われる液体の積み込み作業をしているマズルカの姿が見えるはずである。
「あ。なんだ、きちんと作業してるじゃありませんか」
船外作業用品として『液体吸引器』は大抵の船に積んである。こういった貨物船ならなのこと。液体を運ぶこともあるし、燃料などの緊急搬入に使うこともある。もちろん船内に空いたスペースがあればそこにどれくらい積み込んだか、ということもすぐに携行用タブレット端末からすぐ分かるようになっている。
宇宙機運用では重量物、質量のある物質を嫌う。出発前までに余計なモノは全部ぎりぎりまで削ぎ落していくのである。…理由はカンタンで、ンなムダなもんに使う燃料や労力なんかねーよ、もったいねえ、ということである。ついで？に出港時に自重をきっちり申請する必要もある。その時にあれやこれやモメたくない、というのもある。
そしてめったにないことだがこうやって「外」から物資を搬入することもある（もちろんこのエイブラもそういった『外部搬入物』扱い）。そう言う時には目的地の港で申請し直すことになる。…本当にめったにないことなのである。だから、マズルカ達が第二衛星ステーションに着いた時にはちょっとした騒ぎにでもなりそうである。
たまたま空きタンクがあったので（元来は第二衛星で何か積み込む用）そこへ吸引している液体を流入させる。
「流入ペースは平常。…やっぱり水ですわね」
カンタンな成分調査もできる。純度が結構高い水だ、というのはキャビンでも分かるのだが…。
「…なんか、ミョーですわね…？」
流入していく時間経過と共に成分が折れ線グラフで表されていく。…通常の「水」だけならこんな風に一部だけがとんがったりしないものなのだが…？
「お姐さま？ お姐さま？ 聞こえます？」
ザリ、ザリリ。
「あ」
『何？ 聞こえてる？ ちょい作業がムズいのよ。ホースが暴れるし、制御がちょっとねー…ったあ、動くな、この…！ だから手短にお願い！』
「えっと…いや、何でもないですわ。後でお話します」
『わーった！ ええい、動くな！ ったっくぅ…！』
ザ・ザーーー。
例のざりざり音。こっちにも聞こえてくる。
「ふん…？」
タブレット端末の折れ線グラフの動きは時々思い出したようにとんがっては…緩く、を繰り返している。
「この波形は…」
やはりどうにも引っかかる。実はエイブラにはちょっとした心当たりがあったりするのだが…
「お姐さま？」
『なによ、忙しいって…』
「違いますわ。水の中。そこから見えません？ 多分…何か固形物が存在してるはずですわ」
『えー？ こっちは大変だってのに…中？ 水の？ そんなん真っ暗で何も…！』
異常検知音。船内に響くほどではなく、エイブラの持つタブレット端末から小さくビープ音が流れ出る。そして…マズルカの方でも。
「な、なに、これ…？」
異様な振動も手に感じていたのだった。こんな空間だから音は聞こえないが、もし聞こえていたら吸入器のパイプにぶち当たる重い、どこん、とか、どがが、とか聞こえていたかも知れない。そして、吸い込んでいる水と一緒に流れ込んできたのは…？
それは、間違いなく『手』だったのだ。
