「ミメットにだけ…」
…まさか。
「これ、ちょっと貸してください」
「タブレット…ですか？」
「はい」
「テキストアプリは…これですね？ キーボードを出しますけど、いいですか？」
「は、はい」
接触直接入力だから文字をそのまま画面上で書いても入力できるのだが、慣れたキーボードで入力していく。
「クレイ…クレイ・カートマン？ って…えっと…え？ まさか？」
出てきた文字をタブレットごと車載カメラに向ける。
…カチリ。
再び何かの音が鳴ったようだ…
『これはあくまでもメッセージだ。ここに彼がいたならばこう話したであろう、という可能性の一つに過ぎない』
渋い、男性の声。それなりの年齢を重ねた声。
「…何、を…」
「し。静かに…」
『可能性は無限大だ。何事にもなれるし、何事にもなれない。それは各人が経験する事象一つ一つにおいても十二分な効果を発揮する…』
一つ、大きく息を吸うジルバ。息が苦しい、というわけではないようだ。ただ…自身を落ち着かせるため、なのだろう。
『広変無大な世情の事情を疾く、解明するにはそういった小さな事柄から…』
「カート・クレイマンとは？」
…かちり。
ジルバの問いに反応するようにやはり音が鳴る。
『それは分身。影の身でもある。やがては現世（うつしよ）へと具現しせめる一つの分身…』
「クレイ・カートマンの居場所は？」
『今は存在せぬ幽世（かくりよ）のきざはしなり』
「そこへはどうやって？」
『この世ならざる方式と解でもって、のみ渡ることもできるだろう』
ふう、ともう一回ため息。
「分かりました。じゃあ…この住所へ」
…カチリ。
『イマ、シバラク、オマチヲ…』
「って、ジルバさん、クレイ・カートマンって…あのクレイ・カートマンですか？ エイブラさんの捜索願を出したって、あの伝説の…？」
お忘れかも知れないが、彼女は一応？警察関係者である。そしてあのエイブラの捜索願の調査でビートエクスプレス社を訪れて…今に至っている。
「そうです。その伝説の…です。すいません、あの時はあまり説明できなくて」
「じゃあ、ジルバさんはクレイ・カートマンがどんな人物が知ってた、ってことですか？」
「まあ…すみません」
…知ってると言うか何と言うか…。
「もう…早く言ってくださいよ」
ぼすん、とシートの背もたれに身を預ける。
「報告書だって上がるかも知れないんですし。何せ手がかりの『テ』の字も何も、ここ百年くらいなかったってキビシい案件なんですよ？」
「いや、ホント、すみません」
「あれ…？ でもさっきジルバさんカート・クレイ…？ クレイ・カートマンなんじゃ…」
ゆっくりとスピードを落していくクルマ。
『トウチャク、シマ、シタ』
窓の外にはやや古ぼけた感触の…工場…？ にしてはなんだか違う印象の…どっちかと言うと普通の民家のような建物。
『オシハライハ、イカガ、シマスカ？』
